Arthur Ransome page by COOT

「バラ戦争」 第7戦

Since : 1999/09/05
Last update : 1999/09/08

問題

次の展示室に入ると、ドロシアがおさげの髪をはずませてやってきた。
「遅れちゃったわ、ごめんなさい」
「遅すぎるってことはないわ」
そうナンシイが言ってメトロポリタン美術館の一行にドロシアが加わった。

ノートを大事そうに抱えたドロシアを見てティティが尋ねた。
「また新しいお話を書いてるの?」
「ええ、でもこれは違うの。絵の勉強のためよ。
小説家には絵の素養もあればなおいいっていうのが提督の意見なの」

ぶらぶらと展示室の中を歩いていたロジャが一枚の絵の前で立ち止まった。
「ティティ、この船、ツバメ号に似てるよ、もちろんぼくらの船の方がいいけど」
なるほどそれはどことなくツバメ号を連想させる茶色の帆の小帆船だった。
水平線近くにはたくさんの帆船と煙をもうもうとあげる汽船とが描かれていた。

絵の解説を読んでティティが言った。「印象派だわ」
陽光ふりそそぐ庭に四つの椅子が、丸い植え込みを囲むようにして
並べられ、帽子をかぶった男性と日傘をさした女性が座っている。
海岸と庭とを仕切る柵のそばにはもう一組の男女が立ち話をしている。

ロジャが言った。「ここもとってもすてきな芝生だね。
この日傘のひとはヒナギクについて文句を言わないよね?」
赤や黄、白の花々が庭をぐるりと囲んで咲きほこっている。
よく咲いた赤いグラジオラスがティティの目をひいた。

海をのぞむ庭の両端に立てられた旗竿は競争には格好の目印だ。
ロジャと交代で自分が舵をとるツバメ号が帆走しているさまを
ティティは想像した。グラジオラスは彼らを応援している観客だ。
白い日傘に白いドレスを着て座る女性はあのなつかしい農場だ。

「そっちじゃない、こっちの絵だ」ナンシイのほがらかな声がした。
見ると明るい水色の空に、女海賊のどくろのぶっちがいの旗も
かくやというほどの黒々とした木が二本、寄り添うようにして
描かれていた。

「雲がうずを巻いてるよ。ぐるーり、ぐるーり…」
ロジャの無邪気な言い回しがティティの胸にちくりと刺さった。
この絵の木の葉の茂るさまに、あのときの燃えさかる炎を
嫌な手の感触とともに思い出していた。

「竜巻かな?」ロジャが振り返って聞いた。
ドロシアはちらとティティを見たが、ティティが黙ったままなのを見て、
「多分、このぐるぐるしたのが画家の気持ちを表してるんだと思うわ」
代わりにそう答えた。

ティティは画家の気持ちをくみとろうとしていた。
どうしてこのひとはこんなに絵の具を塗りつけたのかしら?
こんなに激しく画家は何を訴えようとしたのかしら?
なんだか急に寂しさがこみあげてきてティティはぎゅっとロジャの手をつかんだ。

闇、心の闇だわ。ドロシアはこの絵に死のイメージを見ていた。
これはお墓の木だもの。黒い影が迫っているのよ。
例によってドロシアは物語を考えついて、その物語のあらすじを、
ティティとロジャにむかって話してみた。

「彼は指輪をまがまがしき力から守るため選ばれし者だった。
されこうべを連ねた道を行き、見つけしは姿形は同じくも偽りの指輪(注1)。
真の、そしてたった一つの指輪は、聖なる水を渡り、紅蓮の炎に捧げられた。
指輪を求めんとする者は、夜が打ち砕かれしとき、敵兵を探れ。」

「ん…とこれじゃだめだわ」ドロシアが真っ赤になった。
「ファンタジーに挑戦したいんだけど、土人の真似になっちゃうの」
「子供の目で世界を見た方がよくわかることがあるわ」ティティが言った。
「頭を使うんだ」ナンシイが口をはさんだ。

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注1:この指輪は複数形です。


解き方

長いヒントですが、4行ずつで区切ってあります。ずいぶんたくさん段落があるのは、何か訳がありそうです。

ところどころ、ちょっと言い回しが不自然なところがあります。それも手がかりになるかもしれません。例えば、最後の段落の「ん…」というドロシアの言い方は、ちょっと不自然です。どうして、「ん」から始めなくてはならなかったのでしょうか。

まずは、全体をよく眺めて見ましょう。そしてナンシイが言ったように「頭を使い」ます。各段落の最初の1文字を抜き出して並べると、「つのぶえろうそくたてやかん」となります。「角笛」と「ろうそくたて」と「やかん」が、一緒に登場する場面を探します。実は、これは第3戦の正解の場所だったので、最初からバラ戦争をしていた人にはすぐにピンと来る場面でした。『ツバメの谷』第9章P145 、スウェンソン農場の台所の炉だなの上に、この3つが並んでいます。ここには、この3つの他に「しろめ製の柄つきコップが数個」あります。

さて、もう一度よくヒントを読んでみると、2枚の絵と、最後から2番目の段落のドロシアの台詞に、手がかりが隠されているようです。

ドロシアの台詞に、「されこうべを連ねた道を行き」とありますが、各段落の「されこうべ=頭」を連ねて、最初の謎を解きました。「見つけしは姿形は同じくも偽りの指輪(注1:この指輪は複数形)」とあるのは、3つと一緒にあった「しろめ製の柄つきコップが数個」のことかもしれません。わざわざ複数形と書いてあるのと合致します。「指輪」が求める聖像さまの隠し場所だとすると、それは、「聖なる水を渡り、紅蓮の炎に捧げられた」所にある一つの「しろめ製の柄つきコップ」でしょうか。

偽りの指輪を見つけたスウェンソン農場から、「聖なる水」つまりランサマイトにとっては聖なる湖を渡ると、ヤマネコ島、屋形船、ハリ・ハウ、ディクソン農場などがあります。「紅蓮の炎に捧げられた」という事は、キャンプのかまどや屋形船のストーブや農場の暖炉の上にあるのでしょうか。

聖像さまの隠し場所(指輪)を求めるには、「夜が打ち砕かれしとき、敵兵を探れ」とあります。実は、第7戦当時、バラ騎士の間で、トールキンの『指輪物語』を読むことが流行っていました。このドロシアの台詞の段落は『指輪物語』にちなんでいます。『指輪物語』での「敵兵」とは、オークです。オークというのは、『指輪物語』の前作『ホビットの冒険』では「ゴブリン」という名前で呼ばれています。「ゴブリン」というのは、「鬼号」の原文での名前です。鬼号で「夜が打ち砕かれしとき」つまり「夜明け」のシーンを探すと、聖像さまの隠し場所が見つかります。

しかし、誰でも『指輪物語』や『ホビットの冒険』を読んでいるわけではないし、原文名まで分かるわけではありません。それが分からなくても解けるようになっていないと、フェアではありません。

では、2枚の絵の謎も解いてみましょう。絵が好きな方は、ひょっとしたら、ここに出てくる2枚の絵が、何の絵だかピンとくるかもしれません。最初の絵は、印象派画家クロード・モネの『サンタドレスの庭』で、2枚目の絵は、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの『糸杉』です。出題軍の赤薔薇軍の守護神であるナンシイが、1枚目の絵ではなくて2枚目の絵だと言っているので、そちらに注目します。ゴッホはオランダの画家です。オランダと言えば、『海へ出るつもりじゃなかった』です。「敵兵」の意味が分からなくても、7巻で夜明けのシーンを探してみましょう。


答え

7巻『海へ出るつもりじゃなかった』 第16章「海上の夜あけ」 P268 「ハリ・ハウの台所のマントルピースにのせてある、古いしろめ製のコップの中」


解説

かなりの難問だったため、紫のバラ軍だけが、疲労困憊しながらも正解にたどり着きました。

2枚の絵は、実際にニューヨークのメトロポリタン美術館で本物を見ることが出来ます。ウェブ上でも次の所で見れます。

この問題は、当時赤薔薇軍で士官候補生(当時は「インターン」と呼んでいました)をしながら新しくお茶バラ軍を旗挙げした風笛吹きさんが中心となって、赤茶の連合軍で作りました。(風笛吹きさんは、インターン制度の開発者でもあり、インターン第1号でもあります。)当時は、前の戦いの終戦から次の開戦までが1〜2週間というルールがあったため、パソコンのクラッシュもあって、風笛吹きさんは最後は問題を仕上げるのに徹夜しちゃいました。でも、風笛吹きさんの大好きな絵画や文章を書くことが活かされて、大変ながらもとても楽しい問題作りでした。

この戦いの後、赤茶連合軍の打上げをニフティのリアルタイム会議室(チャットとかRTとも呼びます)を使って行いました。初めての通信の世界でのヴァーチャルな打上げでしたが、まるで本当にお酒が入って楽しく騒いでいるような雰囲気でした。


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