旅作りのヒント【こだわりの旅】

ノーフォーク「愛読書の世界」ボートの旅

Since : 1996/07/18
Last update : 2001/12/27


子供の頃の愛読書にイギリスのアーサー・ランサム (Arthur Ransome) という人が書いた12冊の本がありました。私がこんなに旅好きなのも多分にその本の影響があります。旅好きな人の中に、やっぱり同じ本が好きだった、と言う人もいました。

その12冊の中の2つの物語の舞台となっているのが、イギリスのノーフォーク湖沼地方 (Norfolk Broads) です。ここはロンドンの北東方向にあって、川・沼・湖・運河が広がる平らな土地です。物語の中では子供達がこの川と湖沼をヨットで駆け巡っていました。

その物語の場所を自分の目で確かめて、物語の中の子供達と同じ経験がしたくて、1987年の5月に4日間という短い期間でしたがとうとうノーフォーク地方に行ってきました。

今までの旅行とこれは全く違っていて、車で動き回ってB&Bに泊まるのではなく、船室付きのモーターボートを借りて、それで川や湖の上をあっちこっち動いて、食事も船の中で作って食べて、夜もその中で寝るのです。夕方になると川岸の良さそうな所に船を着けて、一夜をゆりかごのようにゆられながら過ごします。朝は、鳥の大合唱で目を覚まします。実にのんびりとした気分になれました。車の旅行のように、あれもこれも見てやろうという旅ではなくなって、つまり何かを見るための旅ではなくて、そこに「居ること」が楽しい旅になるのです。

川幅は、広い所では大き目のボートが横4隻並んでも余裕ですが、狭い所は前から来るボートとすれ違うのもやっとです。舵は車のハンドルのような物(舵輪)ですが、車と違って回してもすぐには効きません。真っ直ぐ行っているつもりが例えば少し左にずれて来て前から来るボートの方に向かってしまうと舵輪を少し右に回します。でもすぐ効かないのでだんだんボートが近づいて来るとあせってきて舵輪をさらに右に回します。ようやくボートが右に向きだしたので舵輪を戻します。でもすぐに効かないし右に回しすぎていたのでボートはさらに右へ右へ曲がって岸の方にまっしぐらに向かいます。あせって舵輪をどんどん左に回すとかろうじて岸にぶつかるのをまぬがれますが、今度は左に曲がりすぎて川の真ん中やそれも通り過ぎて反対側に行ってしまいます。

ボートを岸に着けるのがまた時に大仕事で、下の絵の1、2、3の順で難しくなります。

初めはなかなか思い通りに動いてくれないボートでしたが、だんだんなれてきて、うまく狭い所を通り抜けたり、岸に着けたり、岸を離れたり出来た時の満足感はたとえようも無いほど嬉しいものです。一度やってコツを覚えるとそれ以降は自信を持って出来るし、一回目の緊張がウソのようです。

《絵・写真をクリックすると拡大表示します》

借りたボート

借りたボート「コンコルディア号」の外観

間近になってから予約したので、この型のボートしか残っていませんでした。カタログの上ではたくさんの種類のボートが並んでいましたが、その中でも最も古めかしく格好悪く見えました。逆にそれがイギリスっぽくて気に入りました。
「コンコルディア号」の平面図

狭いながらも機能的で、生活に必要なものはそろっています。ダブルベッド(といっても普通のシングルよりも狭い)に妻と子供が寝て、昼間は食卓と椅子になっているのに夜はベッドになる所で私が寝ました。
「コンコルディア号」の船内

実際にはこんな感じです。

航跡と操船

ノーフォーク湖沼地方北部の地図と「コンコルディア号」の航跡

地図を見ただけでも楽しそうでしょう?実際にボートで航行が許されている川と湖はこの3倍くらいあって、一週間かけても全部は行ききれません。ノーフォーク地方全体の航行可能な川・湖を示した地図は こちら です。
サーン川からヘイガム・サウンズを抜けて行くヒックリング沼のヒックリング・ヒース
Hickling Heath, Hickling Broad (off River Thurne through Heigham Sound)

このような狭い所に係留するのは、最初のうちは緊張しました。こんなにたくさんボートがあるのは、皆パブに来ているのです。つまりここはパブにボートで来る人のための「駐“船”場」です。

借りている間は「我家」となるボートです。だからたまにはこうやってデッキ掃除もします。
ビュア川のロクサムとホーニングの間のサルハウス沼
Salhouse Broad, River Bure (between Horning and Wroxham)

慣れて来るとこのようにアンカー(錨)を打ってからバックで係留するのも平気です。隣は「水上マーケット船」で、中で日用品・食品が買えました。
サーン川のポッター・ヘイガムにある橋
Potter Heigham Bridge, River Thurne

この橋はとても狭いために、ここを通る時は、まず船の後ろの方の幌と風防の部分をたたんで低くして、パイロット(水先案内人)を船に乗せて彼の操舵で通り抜けてもらいます。橋をくぐる間は皆首をすくめています。ある程度のスピードを出して橋をくぐった方が、水面が下がって通りやすいそうです。それでも左右も上も20〜30cmくらいしか隙間が無くて、すごい迫力です。自分で通り抜けることは禁止されていて、ボートを借りる料金の中に、パイロット代もあらかじめ含まれています。

ボートからの景色

アント川のハウ・ヒルにある「ボードマンの風車」
"Boardman's Mill", How Hill, River Ant

ここの岸辺にボートを繋いで一泊目の夜を過ごしました。特別にそのために施設があるわけでもなく、別にどうってことない普通の川岸です。この自由さがたまりません。
アント川のハウ・ヒル
How Hill, River Ant

素敵な家です。川沿いの家は専用の水路を川から引いてボートを繋いでいる所がたくさんありました。つまり、川が道路だとすると「駐車場」です。
川と家との間はたいてい芝生の庭になっていました。そこにテーブルと椅子を出してティーを楽しんでいる家族もいました。ため息が出るような光景です。
ビュア川の「聖ベネット僧院」の廃虚
Ruin of "St. Benet's Abbey", River Bure

AD800〜1019に建てられたものです。今は廃虚です。手前にじっと立っているのは、このあたりで良く見るアオサギ(Grey Heron)です。ノーフォークはバードウォッチングにも最適です。白鳥やガン・カモ類は鳥の方からボートに近寄ってきます。

アーサー・ランサムゆかりの地

アーサー・ランサムがこのノーフォーク湖沼地方を舞台にして書いた「オオバンクラブの無法者」と「六人の探偵たち」という本にちなんだ写真です。(ここでは写真の説明をランサム・ファンを対象に書いていますので、これらの本になじみの無い方には分かりにくいと思いますがご容赦下さい。)

ビュア川のホーニングの船着き場と「白鳥亭」
The staithe and "Swan Inn", Horning, River Bure

このホーニングでボートを借りました。写真はホーニングの船着き場です。アーサー・ランサムの書いた「六人の探偵たち」という本(岩波書店)のカラーの口絵とほとんど同じ所を撮ったものですが、その本が書かれた50年以上も前と全くといっていいほど変わっていませんでした。
「オオバンクラブの無法者」8章にもこの船着き場のイラストがあります。「オオバンクラブの無法者」9章と「六人の探偵たち」6章に白鳥亭の位置を示した地図があります。
ビュア川のホーニングの「渡船亭」
"Ferry Inn", Horning, River Bure

白鳥亭よりも少し下流にあります。「オオバンクラブの無法者」9章に渡船亭の位置を示した地図があります。
ビュア川のホーニングの近くを走るティーゼル号(・・・に似たヨット)
A yacht like Teasel, near Horning, River Bure

「オオバンクラブの無法者」5章にティーゼル号のイラストがありますが、わりと良く似ています。こういったヨットがそれほど広くない川幅いっぱいに間切って進むのは見ていてうっとりします。
サーン川がビュア川に合流する辺り
near Thurne Mouth

この辺りは川幅も広く多くのヨットが走っていました。モーターボートはヨットに道を譲らなくてはならないので操船に少し緊張する所です。
サーン川のポッター・ヘイガムにある橋(全景)
Potter Heigham Road Bridge, Potter Heigham, River Thurne

「オオバンクラブの無法者」13章に、この橋をティットマウス号がティーゼル号を引き船しながら30cm位の隙間でくぐり抜ける場面があります。
また「オオバンクラブの無法者」14章と「六人の探偵たち」6章の最後にこの橋のイラストがあります。

ボートを借りるには

ノーフォークのあちこちでボートを借りられますが、私が借りたのは HOSEASONSという会社からです。そこのパンフレットを見るとノーフォーク以外にも、スコットランドやテムズ川やイングランド中部・ウェールズの運河等でも借りられるみたいです。運河の写真を見ると道路より高い所にある水道橋みたいな所を進むボートもあって、ロックというパナマ運河にあるような仕組みで運河を登ったり下ったりも出来て面白そうです。

ボートを借りるのにライセンスが必要なのは釣りをする場合の fishing license だけで、車の免許もボート関係の免許も不要でした。Fishing license もボートを借りる所か釣り具屋で手に入るそうです。(私は釣りはしませんでした。)

「今まで何も経験がなくても大丈夫か?」という質問は、ボートを貸している会社が一番に受ける質問で、ボート会社のパンフレットには「スコットランドで帆走する場合以外は、何も経験はいりません」と書いてあります。これによると、ノーフォークでヨットを借りて帆走するのも経験が要らないことになります。しかし、私が実際にノーフォークで走っている他のボートやヨットを見たり、自分でモーターボートを借りて操船した経験から言うと、モーターボートなら本当に経験が全く無くても大丈夫だと思いますが、ヨットは経験が無いと難しいだろうと思いました。

ノーフォークでボートを借りる初心者には北部の川(ビュア川、アント川、サーン川)が勧められています。私が回った所よりも下流に行くと海の潮の干満の影響を受けるようになります。潮の流れはヤーマスのビュア川の橋の下で最高毎時5マイル程にもなります。(ちなみにボートの平均速度は毎時4〜7マイルです。)南部の川へ行くと大きな貨物船が走っていたりもします。また機会があれば私もヤーマスを通り抜けてブレイドン湖より南の川にも行ってみたいです。2〜3日間北部の川で慣れてからなら行けそうな感じでした。

ボートを借りる料金は意外と安かったです。4日間借りて当時(10年前)124ポンド(3万円:当時は為替レートが今より円安でした)で、ホテルに家族で泊まるよりずっとボートで生活している方が食事も自炊出来るし安上がりでした。特に小さな(2歳の)子供連れだったので、自炊できるというのは助かりました。現在は物価も上がっているので同程度の大きさのボートを一週間借りるとシーズンに応じて300〜600ポンドくらいするようです。4日間なら数万円といったところでしょうか。

最初にボートを借りる時にいろいろと説明してくれます。エンジンのかけ方、前進後進の切替えとスピードの調節等は見てれば分かりますが、それ以外にガスで冷やす冷蔵庫のガスが切れた時どうするか、水と燃料の残量の調べ方(毎朝調べるように言われました)、それらの補給の仕方、トイレの始末の仕方等の説明があって、あちらのペースでベラベラーとしゃべられました。こちらは手帳を出して一生懸命メモしようとするのですが、結局半分も理解しないまま出発しました。でも結局ガスも切れなかったし、水も燃料も補給せずに済んだし、トイレもあふれなかったし、どうってことなかったです。もっと長期間ボートを借りる場合はそうもいかないでしょうが、船着き場で隣のボートの人に聞けばきっと親切に教えてくれると思います。操船の方は上に書いたみたいに最初は無茶苦茶で最後は余裕(?)でした。

関連ページへのリンク

ノーフォーク湖沼地方に関する情報

アーサー・ランサムに関する情報(世界中に彼の書いた本のファンがいます)


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