旅作りのヒント【こだわりの旅】

「カンチェンジュンガ」の登り方

付録:「ハイ・トップス」の歩き方

Last update : 1999/07/26


私の愛読書、アーサー・ランサム著「ツバメ号とアマゾン号」シリーズの第2巻「ツバメの谷」で、ツバメ号とアマゾン号の6人は「カンチェンジュンガ」と名づけた山に登ります。この山のモデルは、イギリス湖水地方のコニストン湖の北西側にそびえ立つ「オールド・マン (Old Man)」という実在の山です。

湖水地方に行った時に買ってきた、当地のハイキングコースを写真付きで説明した本「Fellwalking with Wainwright」[1](以下、ガイドブックと呼びます)や地図を参考にして、オールド・マンに登るコースの紹介をします。

ちなみに私はこの山に登ったことはありません。見たかもしれないけど見た覚えもありません。でも湖水地方に行ったら一番したい事の一つがこの山に登ることです。

コニストンからオールド・マンに登るいろいろなルート

コニストン湖の北西端にあるコニストン (Coniston) の村(標高50m)を出発地点として、標高803mのオールド・マンに登るルートは、いろいろありそうです。

(1) 登るだけコース

コニストンの村からオールド・マンの頂上に向かう登山道を往復する、最も簡単で単純なコースです。

(2) S&Aルート

「ツバメの谷」[2]でツバメ号とアマゾン号(S&A)の6人が選んだ道を出来るだけ再現しながら登るルートです。この本によると・・・

以上の記述から考えると、コニストンからChurch Beckの川沿いにLow Waterのあたりまで登って、そこからまっすぐ頂上を目指せばS&Aルートになるのではないかと思います。

注意:このルートはあくまでも仮想のルートです。一般には決められたフットパス以外の所を歩くことは避けるべきです。特に湖水地方では日本人観光客のマナーの悪さが問題になっているようです。私有地への侵入や、石垣を乗り越えようとして壊してしまう等の問題を絶対に起こさないようにしましょう。

(3) コニストン・ラウンド

現地の人々には「コニストン・ラウンド」と呼ばれている周遊型縦走コースです。

コニストンからオールド・マンまで登った後、北に向かいBrim Fell, Swirl Howを経てWetherlamまで縦走し、Lad Stonesの尾根を降りてコニストンに戻ります。ガイドブックによると、このルートはどこにも難しい所はなく、足に易しい地面を歩く「splendid high-level walk」ということです。 ところがこのルートでは、コニストン荒野の目玉であり、湖水地方の最高の景色の一つである「ダウ岩壁 (Dow Crag)」がはいっていません。そこで、次のコースが「お勧めコース」となります。

(4) お勧めコース(全長10マイル/16km)

ガイドブックで推奨されているコースです。ここで詳細に紹介します。

コニストンからまずDow Cragに登って、そこからオールド・マンに向かいます。後はコニストン・ラウンドと同じです。このコースだと、「ダウ岩壁」に触れることが出来るだけでなく、採石場や登山者で賑わい過ぎるコニストンからオールド・マンへまっすぐ登る一般登山道と違って、静かな裏道からオールド・マンへアプローチ出来ることになります。

天気の良い日に朝早めに出発して、丸一日かけてゆっくりと楽しみながら歩くと素晴らしいのではないかと思えるコースです。

では、「(4) お勧めコース(全長10マイル/16km)」へ出発です。

コニストンからダウ岩壁まで

このコースは、コニストン湖北西端のコニストンの村から出発してグルーッと山を回って反対側からまたこの村に戻ってきます。だから車で行かれる方も、登り道の途中まで出来るだけ車で行こうなどとはせずに、村の中の駐車場に車を置いて行く方が良いでしょう。

コニストンの村からは、急な舗装道路を昔の鉄道駅を過ぎて登って1.2キロ程行くと開けた荒野に出ます。舗装道路の終点から右へ採石場への道が分かれていますが、そちらには行かずに、そのままオールド・マンのふもとに沿った「Walna Scar Road」と呼ばれる道を進みます。

道は最初だけ広くて簡易舗装されています。以前このあたりでUFOを撮影した人がいて、その時はかなり有名になった場所です。また、道の左側の荒野では青銅器時代に人が住んでいた証拠が出たそうです。

道がはっきりと登りになって、自然の岩の門を過ぎ、まもなく「Walna Scar Road」から離れて、右へケルン(石積み)で標された道に入ります。この道を登って、回りを山で囲まれ前方にダウ岩壁(Dow Crag)が姿を現すちょっと平坦な場所、「The Cove」と呼ばれる所、にやって来ます。

印象的な姿のダウ岩壁は、近づくにつれてなおその凄まじさを増していきます。それに引かれるようにして登って行くと「Goat's Water」と呼ばれる池に着きます。池から流れ出す渓流がありますが、この辺りに、岩壁から落ちて死んだ猟犬「Charmer」の墓石が以前ありました。ところが、心無い人に壊されて、今は流れの中の石に埋もれてどこにあるのやら。「Charmer 1911」と記された角柱状の石です。

渓流を渡らずにそのまま池の右側の道を行くと、ダウ岩壁とオールド・マンを結ぶ稜線の鞍部「Goat's Hawse」に出てオールド・マンへの近道なのですが、それではせっかくのダウ岩壁に登れません。そこで、池から流れ出す渓流を渡り、ガレ場の斜面を斜めに登る道を行くと、岩壁の下の積み重なった大きな岩の洞穴にやって来ます。ここからの岩壁は頭上にそびえ立ち、その迫力は恐ろしいほどです。

ここから左に岩壁の下に沿って登って行きます。「Great Gully」と呼ばれる陰気な岩壁の割れ目を過ぎ「Easy Gully」と呼ばれる割れ目の入り口で石や岩がゴチャゴチャした所にやって来ます。Easyと言っても、ここから割れ目を登って稜線に出られるのはロック・クライマーだけです。普通の人は、左に、急だけどガレ場の無い岩の道「South Rake」を登り、上の歩きやすい地面(嬉しいことに草地)に出ます。そこから右へ岩を最後にひと登りすると標高778mのダウ岩壁の頂上です。

ダウ岩壁の頂上は、湖水地方の山々の中でも最高に素晴らしい所です。岩の頂上から恐ろしい崖の下を見下ろすと、先ほど登って来る時に通ってきた池「Goat's Water」が見えます。池までの標高差は300m近くもあります。池の向こう側に今から行くオールド・マンの山がそびえ立っています。

ダウ岩壁からオールド・マンまで

ダウ岩壁の頂上からオールド・マンへは「Goat's Water」を囲むU字型の稜線沿いに時計回りに歩いて行きます。

稜線の一番低い所(山登りする人は「鞍部」とか「コル」と呼びますが峠のことです)は「Goat's Hawse」(Hauseと綴られている本もあり)と呼ばれていて、右に「Goat's Water」への道、左に「Seathwaite Tarn」の池への道が分かれます。この峠の標高は649mです。

峠からオールド・マン山頂への道は、垂直に割れたスレートの切片が所々突き出している地面を右へ右へと登って行きます。やがて、ケルン(石積み)のある標高803mのオールド・マン山頂に着きます。

ガイドブックによると、このケルンから遠く地平線上に「ブラックプール・タワー (Blackpool Tower)」を見つけようと一生懸命に探すのが、ここに登ってきた地元の登山者達のひとつの伝統的な慣習だそうです。このタワーは、山頂からほとんど真南を見て、Morecambe湾の向こう側にある海沿いのブラックプールの町にある塔です。[4]によると、塔の高さは158mで、塔の中には水族館、動物園、サーカス、ダンスホールがあります。このダンスホールは、竹中直人が出演している「Shall we ダンス?」という映画によると、世界的なダンスの大会で有名な所のようです。

またランサムの世界に戻りましょう。真西にはちゃんとマン島が見えます。「ツバメの谷」27章([1]の409ページ)で、カンチェンジュンガの山頂で回りの景色を眺めながらペギイ(最近までずっとナンシイの台詞だと思っていました)が言います。

「それから、スコウフェルスキドウ、そしてあれがヘルヴェリン、それから、あのとんがってるのがイル・ベルハイ・ストリートも見える。ほら、古代ブリトン人が山の頂上から頂上へ道路をつくっていたところよ。」

下の地図に、S&Aがカンチェンジュンガの頂上から眺めたこれらの山々の位置を示しました。

スコウフェルは、原書[3]では「Scawfell」となっていますが、これは多分「Scafell」または「Scafell Pike」のことだと思います。前者は標高964m後者は標高978mで湖水地方で一番高い山です。両者は並んでいて、オールド・マン頂上からは北北西方向になります。ペギイのせりふの中に出て来る山々の中では、オールド・マンから一番近くにあります。

スキドウ (Skiddaw)は、標高930mで遠く真北。

ヘルヴェリン (Helvellyn)は、標高950mで北北東方向。

イル・ベル (Ill Bell)は、標高755mで東北東方向。

ハイ・ストリート (High Street)は、イル・ベルから北側に連なる山々の稜線を通っています。

オールド・マンから北へスワール・ハウまで

オールド・マン頂上でゆっくりした後は、北へ今来た道を少し引き返します。登って来る時に使った「Goat's Hawse」へ降りる道を左に分けて、そのまま稜線沿いに北へ進みます。右側の急斜面の下には「Low Water」という池があります。大きなケルンのある「Brim Fell」の山頂を越えて、稜線沿いにぐんぐん下っていった所が「Levers Hawse」と呼ばれる峠(標高680m程)です。右側には「Levers Water」という大きめの池があります。銅鉱山のためにダムで水をせき止めて作られた人造湖です。

峠からは「小ハウ岩壁(Little How Crags)」「大ハウ岩壁(Great How Crags)」の上の縁に沿ってまたぐんぐん登り、最後の方は勾配が緩やかになり易しい道で標高802mの「スワール・ハウ(Swirl How)」の頂上のケルンに着きます。

スワール・ハウは高さではオールド・マンにわずかに及ばないものの、地理的にはコニストン荒野の中心にあり、ここから3つの大きな尾根が南、東、一旦西から北にのびています。中でも、西から北へ弓なりにのびる「Great Carrs」の尾根が目をひきます。ここは戦時中に飛行機が墜落した所で、残骸が今でも見えています。この尾根の東面の岩屑の下に「グリーンバーン(Greenburn)」の谷が横たわっています。

オールド・マンに比べると訪れる人も少なく静かなスワール・ハウの頂上は、ゆっくりと大パノラマを楽しんだり、物思いにふけるにはいい所です。

スワール・ハウからウェザラムを経由してコニストンまで

スワール・ハウからは東に向きを変え、「Prison Band」と呼ばれる急な岩稜をぐんぐん下り、「Swirl Hawse」峠(標高620m程)に至ります。ここから右の谷へ降りる道を取ると、「Levers Water」の池を経由してコニストンの村に戻る近道です。

ここでは峠からさらに縦走を続けることにします。道をまた登り、「Black Sails」という山の頂上の左側を巻いて、このコースの最後の山、標高762mの「ウェザラム(Wetherlam)」の山頂に至ります。頂上からはウィンダミア湖を越えて遠くぺニン山脈が望めます。

ウェザラムの東面には、オールド・マンのように昔の鉱山の竪穴や横穴がたくさんあります。ガイドブックの著者は、ここで100個所もそういった穴を見つけたそうです。その多くは柵もなくとても危険で、絶対に暗くなってからこの辺りを歩かないようにしましょう。横穴の中には入るとすぐ竪穴が開いている所もあるので中に入ってはいけません。

残るはウェザラムの南側の尾根沿いに下るだけです。道ははっきりしないかもしれませんが難しい所はありません。尾根の下の方は「Lad Stones」と呼ばれています。左側の斜面の下にはTiberthwaiteからのフットパスが見えます。このフットパスと合流してさらに下った所が「カッパーマインズ・ヴァレー」と呼ばれる谷です。そこの道路を「Church Beck」の川沿いに下り、素晴らしい滝の側を通って、やがてコニストン村のメイン・ストリートに戻ります。

「ハイ・トップス」へ寄り道

余力と時間のある人は、Lad Stonesの尾根を下る途中から「ツバメ号の伝書バト」で子供達が金鉱探しをした「ハイ・トップス」のモデルとなった場所に寄り道しましょう。

注:このセクションで、「」内は全て物語の中での架空の名前で、実在の地名・人名とは異なります。

ウェザラムからコニストンまで下る途中、標高差で半分足らず降りた所で、左へTiberthwaiteという所に続くフットパスに入ります。この道は2km程、左側のLad Stonesの尾根への急斜面のふもとに沿うようにして、Tiberthwaiteまで続きます。この左側の斜面は、物語の中では「つぶれソフト」が白丸を描いた「グレイ・スクリーズ」です。フットパスの右側にはユーデイル・フェル(Yewdale Fells)、コニストン・ムーア(Coniston Moor)と呼ばれる「ハイ・トップス」の荒野が広がります。ヒースや乾燥した草におおわれた台地です。「ツバメ号の伝書バト」の夏は干ばつでしたが、実際は足元がぬかるんでいる所もあるでしょう。

この辺り一帯(Tiberthwaiteに降りるまでずっと)は古い鉱山の竪穴や横穴が多くて湖水地方でも最も危険な場所ですから特に子供連れの時は道をはずれないように注意しましょう。

「ハイ・トップス」を見て満足したら来た道を引き返してコニストンに戻ってもいいですが、さらに元気があれば「タイソン農場」や「かわら屋ボブの鉱山」を見て「グリーンバンクス」の下の「アマゾン渓谷」に沿った別の道からコニストンに戻りましょう。

「グレイ・スクリーズ」のふもとに沿ったフットパスはやがて、Tiberthwaite Gillという渓谷の上部に来ます。渓谷のどちらがわの道を降りてもいいのですが、左側(左岸)の道から直接Low Tiberthwaiteへ降りる道を行くことにします。Tiberthwaite Gill渓谷には息を呑むような素晴らしい滝があります。

Low Tiberthwaiteへ降りてきたら道路を右へ行き、白塗りのコテージや厩がある「タイソン農場」の前を通り、橋を渡り、「ハイ・トップス」から降りて来るもう一つのTiberthwaite Gill渓谷の右岸(下から見ると渓谷の左側)のフットパスへの入り口を過ぎます。

そこからすぐ先(200m程?)の、道路の左側にさびた鉄のフェンスが付いた小さな石壁が終わる所で、道路の反対の右側にHorse Crag Levelへ登る道があるのでそこに入ります。少し探し回ると「かわら屋ボブの鉱山」のモデルとなった石切り場の入り口のトンネルがあります。ここで働いていたJohn "Willie" Shawという人が「かわら屋ボブ」のモデルです。ランサムが「ツバメ号の伝書バト」を書く時に、「つぶれソフト」のモデルであるOscar Gnosspeliusという人に相談すると、「つぶれソフト」はランサムをこの石切り場に連れて来て「かわら屋ボブ」に会わせました。

また道路に戻りユーデイル・ベックの川の流れに沿って南南東へ道路を進みます。この川の反対岸に沿った道が「らくだ」で通った「アマゾン渓谷」沿いの狭い道のモデルです。

コニストンとアンブルサイドを結ぶA593の道路に出たら一度左へコニストンと反対の方へ行きます。(道路を歩くよりフットパスの方が楽しいので。)200m程行った大きな白い農家のHigh Yewdaleの所で右へフットパスに入ります。1kmも行かないうちに「ディクソン農場」のモデルになったロー・ユーデイル(Low Yewdale)です。1908年にランサムはこの農場に滞在したことがあります。

厩の所で左に曲がり橋を渡り右へ進みBlack Guards Plantationを通り抜け、 Shepherd Bridgeでまた川を渡り道路を左、右と行ってコニストンの村の中心に戻ってきます。お疲れ様でした。

終わりに

コニストンからダウ岩壁、カンチェンジュンガ、コニストン・ラウンドの縦走、おまけに「ハイ・トップス」とここで紹介したコースを全て歩くのはかなりの距離があります。かなりきつい登りも何個所もあります。現地に行って実際に登る山を見上げたり、今から歩くコースを見渡したりすると、想像以上に高く遠く見えるものです。でも、途中で何個所もリタイアしてコニストンに戻る道がありますから、歩けるだけ歩くつもりで進むのもいいかもしれません。必ずOrdnance Survey等のちゃんとした地図、コンパス、防寒着(暖かい物+風を通さない物)、歩きやすい靴、水、食べ物、雨具等は持ってから登りましょう。

最初に書いたように私はまだこのコースを歩いたわけではありません。下に並べた参考文献をもとにこのコースを歩くガイドを作りました。もしこのコースを歩かれた方は、実際はどうだったか感想などをメールでいただけるととても嬉しいです。

参考文献

[1] "Fellwalking with Wainwright", Alfred Wainwright, Michael Joseph Limited, ISBN:0-7181-2428-6

[2] アーサー・ランサム全集第2巻「ツバメの谷」、アーサー・ランサム著、神宮輝夫訳、岩波書店

[3] "Swallowdale", Arthur Ransome, Puffin Books

[4] "Illustrated Guide to Britain", published by Drive Publications Limited for the Automobile Association

[5] "IN THE FOOTSTEPS - OF THE - SWALLOWS AND AMAZONS", Claire Kendall-Price, ISBN:0 9521186 0 2

[6] "IN SEARCH OF SWALLOWS & AMAZONS", Roger Wardale, ISBN:1-85058-481-8

[7] Ordnance Survey Outdoor Leisure 6 "The English Lakes - South Western area", ISBN:0-319-26006-2

[8] "A to Z Visitors' Map of the Lake District"


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