アーサー・ランサムの世界 by COOT

聖地巡礼記

Since : 1998/02/07
Last update : 2002/01/12

1999年夏 『Ransome's World 巡礼記』

聖地巡礼をしてきました。一番大好きな巻『ツバメ号の伝書バト』のハイ・トップス(コニストン・ムーア)が、急坂の登りの後、目の前にわっ!と開けた時の感動はとても大きかったです。物語の中でナンシイが「ここよ。どう?」と、言って、まるで手品をつかってハイ・トップスを出したみたいな、まさにそんな気がしました。

目次


第1部:湖水地方

ツバメの谷

見張り塔で「伏せっ!」「In the Footsteps of the Swallows and Amazons」で、コニストン湖の南西に「ツバメの谷」の候補地のひとつが紹介されています。探検家になってここを目指しました。途中で道をはずれてとにかく渓流沿いに道無き道を歩いて、シダをかき分け、滝の横を登り、ツバメの谷に出ました。そこには、ちゃんと見張り塔もありました。

そこから見張りをしていると、土人の一群が登って来ました。「伏せっ!」。のろのろしている航海士(妻=エリカ)がAB船員(娘=きれいなポリー、息子=四本モミ)に怒られています(写真)。これは船の上では「叛乱」にあたりますが、なかなか物語り通りには行きません。土人達に見つからないように隠れて偵察していると、彼らはマス湖のある方角と思われる方に登って行きました。その中の一人が、突然手を上や横に振り始めました。おおっ!手旗信号だろうか?AB船員達が興奮してます。手旗が出来るなら、土人ではなく探検家仲間です。四本モミが「AHOY」と手旗を送ります。上の方に登って行ったその探検家からは「DB・・」。あれっ、よく見ていると、こちらの方には目もくれず、連れに対して遠くの景色を指差しているだけみたいです。う〜む残念。同盟ならず。やっぱり土人でした。

そこからCOOT探検隊も、道無き道をマス湖の方を目指して歩き始めました。途中で前方にまた敵影発見、「伏せっ!」。そこからは、敵に見つからないように尾行します。ところが、ああ情けない。巻かれてしまいました。敵もさるものです。

またしばらくマス湖の方に向かって歩きます。んっ?ヒョエ〜!ヘビです。目の前で丸くトグロを巻いて昼寝してます。あやうく踏んでしまうところでした。騒いだのであちらも気がついて逃げて行きました。しばらくはヘビの事を思い出したロジャのようにちょっと慎重に歩きます。しかし、道でないところを適当に歩いているし、私の持ってる地図では、ちょうどこのあたりで切れていて、このままではマス湖には到底着きそうもなく、探検隊は、マス湖を発見することなくUターンしました。

また敵影発見。ちょっと尾行すると、彼らは私達が車を置いてきた場所と違う方向に降りていくようです。AB船員は尾行を続けたがりましたが、あれは敵のおとり作戦に違いありません。ワナにはまることなく、COOT探検隊は、無事に荒野から脱出し、車に戻ったのでした。

ひみつの港

ヤマネコ島(コニストン湖のピール島)はやっぱり特別の場所です。島にはそれなりの方法で渡りたいという強い思い入れがありました。それは、ヨットで島まで帆走して、「ひみつの港」から上陸することです。

湖水地方も後二日を残すのみ。でもまだヤマネコ島にもカンチェンジュンガ(コニストン・オールドマン)にも行っていませんでした。朝、ハリ・ハウ(バンク・グラウンド農場)のロジャが間切った芝生を降りて、桟橋の先端まで行きました。カンチェンジュンガはすっぽり雲の中、どんよりした曇り空、最悪の事に、時々突風も伴う強風です。島に行くにも山に登るにもよくない天気です。でも今日と明日しかありません。

駄目だろうなあと思いながら、朝十時にヨットを予約しておいたコニストン・ボートセンターに一応行ってみました。
 「この風じゃ駄目ですよね?」
 「あそこに一そう出てるし、風が今のままならまだ大丈夫でしょう。経験はありますか?」
 「はい、一応。」
 「転覆した時に自分で起こす練習はしてありますか?」
 「一度だけ自分でやったことはあります。」
ということで、出艇することにしました。転覆に備え、ビニール袋にカメラ・ビデオ・昼食を包み、リュックの中に空のペットボトルと一緒に入れます。ボトルは、転覆してもリュックが水の上に浮くようにするための工夫です。服も着こんで一番上にライフジャケットを付けます。不要な財布なんかは全て車のトランクに残します。

出艇する時になって「今日の予報ではまだ風が強くなるようですから、気をつけてください。転覆しても自分で起こせますね?じゃあ、大丈夫ですね?」なんて、言われました。かなり寒いので、転覆して水につかればこごえそうです。それに、この強い風の中で転覆したヨットを起こすのはたぶん無理だと思います。本当に大丈夫なんだろうか?最悪の場合でも死ぬことはないと判断した上で、でも絶対に転覆させてはいけないと強く思いました。

四人で乗り込み、桟橋を離れました。風は南風の強風です。島までは間切らなくてはなりません。最初のタック(転回)は失敗しました。船首が回りきる前に風圧で行き足が止まってしまったのです。時々突風が来ると、ジブシートもメインシートもゆるめて風を逃がして傾き過ぎないようにします。タックに失敗したりしながら間切って行くので、桟橋からヤマネコ島の近くまで行くのに二時間かかりました。船首からバッシャバッシャと水が跳ね上がってきて、ジブシートを握っているAB船員達はずぶ濡れです。

秘密の港のMEG号風は南風、ひみつの港は島の南側、ヨットの常識としてはこんな時に港に入るべきではありません。ブレーキのないヨットですから、風下の陸に近づくのは危険だし、港から出るときも風上まっすぐに向かわなくてはならないので、風圧に逆らってパドルで漕いで出せるかどうか分からないからです。

島の西岸や南側に突き出している岩の回りを行ったり来たりしながらじっくりと偵察します。港の中にいったん入れば穏やかそうです。十分に偵察した後、出港の時の苦労は覚悟して、港への進入を決意します。まず島の南の方に離れてからメンスルを降ろします。ジブだけで港の入り口に接近し、岩に近づいたところでジブも降ろします。惰力で港の奥に向かいつつ、きれいなポリーがティラーを握り、私はパドルを握り、四本モミと航海士が両側の岩に目を光らせます。港の中はこの強風の中でも穏やかで、本当にいい港です。マストが木に引っかかったのをはずし、最後はパドルで漕いで、底に引っかかったラダーをあわてて上げて、ザザーと船首が底を擦り、もやい綱を持ったAB船員が飛び降りて、無事に入港出来ました(写真)。

帰りに例え転覆したとしても、これで一つの夢がかなったのです。緊張を半分解きながら何も言わずじわーっと喜びを味わいました。

宝捜しリレー for ever!

宝を埋め戻す今年の五月に聖地巡礼したドンキイさん・DIXONさんが、ヤマネコ島に宝を埋めてきました。宝の地図を頼りに、まずは小枝を地面のあちこちに突き刺して、何か手応えはないかを探ります。

すると最初の手応えが。何かプヨプヨします。ちょっと掘ると、透明な入れ物が!中には紙が!紙には日本語が!回りを掘って宝を取り出しました。四人とも、すっご〜くワクワク・ドキドキして感動しました。ドンキイさん・DIXONさん、本当にありがとうございます。お二人にも宝を見つけて掘り出す感動を一緒に味わっていただきたかったです。COOT探検隊も新たなメッセージを追加して、宝を元の場所におごそかに埋め戻しました(写真)。

ヤマネコ島を訪れるランサマイトがいつまでもいつまでも宝を守って育てていけたら素晴らしいですね。三十年後にはきっと・・・

ヤマネコ島からの帰航

名残惜しいですが、ヤマネコ島を去らなくてはならない時間になりました。風上に向かってひみつの港から出るには、セールを上げずに何とかして港を出て、島から西へある程度離れてからセールを上げる必要があります。セールを上げる間はヨットの船首を風上(南)に向けておかないといけないし、その間、また島や岩に吹き寄せられないようにしないといけません。覚悟した事ですが、難しい出港です。

まず四本モミを港から南にのびている岩の先端に行かせて、そこから(もやい綱が短すぎたので)メンシートを引っ張ってヨットを出し始めます。マストに引っかかった木の枝をはずすのに少し苦労します。そこからパドルで漕いで出そうとしてまず失敗。船尾を先に漕ぐのは大変なので、港の中でヨットの向きを百八十度変えることにします。ちょうど横になった所で小さな岩に吹き寄せられ、パドルで突っついてそれを何とか避けます。船尾が岩にあたってラダーが壊れないかとヒヤッとします。もしラダーを壊してしまったら万事休すです。どうにかこうにか向きは変わりました。

この先はもうパドルで漕ぐしか方法がありません。風上に数メートル漕げれば、二つの岩を避けて港の外に出られます。力を込めて漕ぎます。AB船員・航海士は手や足で周りの岩にぶつからないようにします。「船首危ない、船首!」「今度は右舷!」「こらっ、そこそんなに強く蹴ったら方向が変わって駄目!」「後ろ!後ろ!」「あ〜、こりゃ全然だめだ!」そんな感じで混乱を極めます。どんどん風に吹かれてせっかく百八十度向きを変えたヨットがまた横を向いてしまいます。風上に数メートルは絶対に漕げそうもありません。近道をして岩と岩の間の狭くて浅い所を港から西に抜けることにしました。底を擦るかな?風に吹かれてヨットの横側を岩にぶつけるかな?と体を固くしながらパドルで漕いだり押したりしてようやく港の外に出ました。西へさらにパドルで漕いで島からちょっとでも離れます。

「メンスル上げ!」AB船員がハリヤードを引くと、あれあれ、メンスル全体がマストから離れた所でバタバタしちゃいました。いつも乗っているIdeal 18と違って、メンスルのマスト側の縁をマストの溝の中に意識して入れてやらないといけないのでした。あわててメンスルをまた降ろして再挑戦。途中で引っかかります。「とにかく引っ張って!」「だって、あがらない!」最後は力でハリヤードを引いて、何とかメンスルが上がりました。その間も風に吹かれてヨットは島のすぐ近くの危険なところを漂っています。風をはらんだメンスルの力で急いで島から離れます。「ジブ上げ!」ようやく何とか島を離れることが出来ました。

帰りはほとんど真後ろからの追い風です。島があっという間に後ろに離れて行きますが、後ろを向いている余裕はあまりありません。急にジャイブしないように、真後ろよりちょっと斜めに風を受けるように走ります。そのままだと湖の西岸に近づきすぎるので、一度ジャイブする必要があります。でもこの強風下でちょっとでも間違えると転覆するジャイブは危険です。三百度くらいぐるーっとヨットを回してタックすることにします。またタックに失敗。もう一度やり直して今度は斜めに東岸に向かい、また三百度ターン。失敗。再度タック。その後は、もう斜めに風を受けずにまっすぐ北に向かいました。

無事に航海を終えたMEG号と乗組員風が強いのでメンスルを出している方と反対の方にヨットは曲ろう曲ろうとします。それをラダーで打ち消して、まっすぐ進みます。でも時々突風がやって来ると、ラダーが負けそうになり緊張します。ここで負けてヨットがグルーッと風上に回ってしまうと急に傾いて転覆の危険があります。このヨットの限度いっぱいの風を感じながら北への猛スピードの帆走をしていると、あれっと気がついた時にはもうボートセンターは目の前でした。帰りは島からたったの三十分。桟橋には風下側から近づかなくてはならないので、一度通り過ぎてから岸の近くでタックします。あれ、また失敗。それにどうも横滑りしてます。島を出て以来センターボードを降ろしていないのに気づき、急いで降ろし、今度失敗したら岸に座礁という所でタックをやり直し、今度はうまく行って桟橋に近づいて、何とか無事に航海を終えることができました(写真)。

私もきれいなポリーも、今回の聖地巡礼の中で、ひみつの港の入出港が一番思い出に残ることでした。無事に済んだから言えることですが、強風だったこともとてもラッキーでした。夢に見続けてきた大切な所に「苦労」して行けたということがとても嬉しいです。

カンチェンジュンガ登山

カンチェンジュンガにどうせ登るなら、晴れた日に登って、サガ全巻の中でも私の一番好きな台詞「それから、スコウフェル、スキドウ、そしてあれがヘルヴェリン、それから、あのとんがってるのがイル・ベル。ハイ・ストリートも見える。ほら、古代ブリトン人が山の頂上から頂上へ道路をつくっていたところよ。」に出てくる山々を実際に見たいと思っていました。そのうちにとうとう最後の日、朝起きると、今日も山の上の方は雲の中です。午後からは雲が上がることが多いので、午前中はアマゾン号に会いに蒸気船博物館に行って、午後十二時半から登り始めました。

私のウェブページで紹介している(でもまだ歩いたことはない)「ダウ岸壁〜オールドマン〜コニストン・ラウンド」のコース(全長十六キロ)を歩きたかったのですが、もうこの時間なので泣く泣く断念し、「In the footsteps of the Swallows and Amazons」に紹介されているコースで登ることにしました。

のんびり登ったので、登頂は四時過ぎでした。結局まだ雲の中で、景色は見えません。でも、こんな時間なので頂上にいる間はずっとCOOT探検隊だけで独占できました。ケルンにメッセージとコインを入れたフィルムケースを隠します。ケルンの四つの面の中で、登ってくる途中の池に面した面の一番下(土台に接するところ)中央です。ヤマネコ島でもカンチェンジュンガ頂上でも、いざメッセージを残そうと思うと、なぜか気の利いた言葉が思い浮かばないものです。S&Aも味も素っ気もない簡単なメッセージしか残さなかったのが、何だかとてもリアルに感じました。

次に、他のランサマイトが埋めたであろう物を探してみました。いろいろと探していたら、AB船員が赤い金属の箱を見つけました。赤いのは何か特別な塗料のような感じです。注意しながら開けて見ると、ナント、またまた今年五月のドンキイさん、DIXONさんのメッセージが出てきました。宝捜しの楽しみを味わわせていただいて重ね重ねありがとうございます。またていねいに戻しておきました。

AB船員が作ったケルン頂上を後にして降り始めたら、急に雲がどんどん上がって、ようやくコニストン湖が見えるようになり、後にしてきたばかりの山頂のケルンも見えました。ということは、山頂から湖や他の山も見えるかもしれません。わ〜いと、今降りてきた急坂を登りなおして、再登頂です。それからまた一時間以上山頂にいて、至福の時を過ごしました。ラッキーでした。隣のダウ岩壁は、すごく迫力があります。眺めていると、あそこに普通の人が登れる道が本当にあるのだろうかと疑いたくなります。

カンチェンジュンガ登山中にAB船員たちがはまったのが、ケルン作りです。下山の途中で、かなり立派なケルンをひとつ作りました(写真)。通りすがりの人に育ててもらう(つまり追加の石を置いてもらう)には、ちょっと場所が悪いのですが、登りながらだと左手に一段高くなった草地にあります。

コニストン村に降り着いたのは七時半くらいでした。サマータイムと高緯度で、いつまでも明るいのが嬉しいです。

第2部:ひみつの海と鬼号

『ひみつの海』で、ツバメ号の年少組がアイスクリームを買ってもらった文明世界、Walton-on-the-Nazeの街のB&Bで一泊して、朝、いつも早起き組のきれいなポリーと私でアマゾン水路まで散歩に行きました。潮が引いて泥がむき出しの水路に船が横たわっています。そのせいか、潮が引いた時のひみつの海の舞台には、何となく寂しさが漂います。その先の水路の深い部分に目をやると、宣教師のダウがたくさん繋がれています。そこからは、今から何かが起きそうなそんな予感がしてきました。やっぱりこの土地は潮の干満で呼吸しながら生きてるんだと少しホッとします。迷路のような水路と潮でとっても変化に富む未踏の地を目の当たりにして、ナンシイでなくても何かやりたくなります。戦争するにはもってこいだし、地図作りも楽しそうだし。ここでボートを手に入れて、仲間が集まって、そんなことをしたいなあ。新たな夢の誕生です。

マストドン島宿に戻って朝食後、火打ち石島が見えるかもしれない所まで歩いて行ったり、昨晩も行った紅海横断道路の入り口をもう一度見に行ったりしました。車で渡るか長靴があれば、ツバメ島へは行けそうでしたが、でも、いつの日かの夢のために、それ以上は行かずに後はとっておくことにします。

魔女の棧橋の入り江もとてもいい感じでした。OSの地図を見ながら、ここならマストドン島が目の前に見えそうだと思える所にも行ってみました。潮が引いて泥となった迷路のような水路の上に架けられた橋を伝いながら、小さな島から島へと歩いて、マストドン島の近くまで行ける、とっても面白い所でした(写真)。ブリジット島はあの辺りかなあと思いながら目を凝らしますが、本当に複雑な地形でよく分かりません。これだと、ウナギ族がすぐ近くに潜んでこちらの様子を伺っていても、きっと私は気がつかないことでしょう。

ひみつの海のB&Bは、車で走りながら探して一軒だけ見つけた所にしたのですが、とってもいい所だったのでお薦め出来ます。アマゾン水路や火打ち石島方面へのフットパスに歩いて行ける好ロケーションで、ファミリー・ルームもあり朝食付き1部屋4人で48ポンドでした。バス(バスタブありシャワーなし)・トイレ共用。朝食は基本的にはイングリッシュ・ブレックファーストですが、メニューが出てきてその内容を選べるようになってました。夕食・ランチボックスも頼めば用意してくれるそうです。
Tudor House, 69 Hall Lane, Walton on the Naze, Tel:01255-671971

ナンシイ・ブラケット号今回、わざと行かなかったもう一つの場所は、ナンシイ・ブラケット号(鬼号)の船内です。今の母港のWoolverstoneのマリーナに、鬼号がいるかどうかも確認せずにいきなり行ってみました。マリーナのどこに鬼号があるかも聞かずに自分で探そうと思いました。幸い鬼号は一番手前の浮き桟橋に繋がれていて会うことが出来ました。本当にきれいな素敵な船です。オランダに着いたジョンが、水先案内人に言われてブイに繋留するためにボウスプリットの下の鎖のボブステーの上に立ったのは、ここなんだなあ。危なっかしそうで、船室の中から見ていたスーザンがぞっとしたのもうなづけます。こっそりコックピットに乗船してティラーを握ってみました(写真)。あらかじめ連絡しておけば鬼号に泊まることも可能なようですが、いつか帆走する鬼号に乗りたいという夢を残そうと思って、今回は外見だけ見たり触ったりしてきました。ほれぼれするような美しい船です。ナンシイ・ブラケット・トラストでは、安全に多くの人を乗せるために手すりを付けるべきかどうかで議論しているようですが、私はやっぱりこの姿のままを保って欲しいなあと思いました。

その後、ピン・ミルの「酒だるとカキ」亭でお昼を食べてから、ポッター・ヘイガムへ向かいました。

第3部:ノーフォーク湖沼地方

7月3日(土):ポッター・ヘイガム→ウォマック水路

Lady Dancer号

Lady Dancer号ポッター・ヘイガムの古い橋のすぐ横にあるマリーナに午後4時過ぎに到着しました。ノーフォークで船室付きのボートを借りる場合、土曜日の午後4時から次の土曜日の午前9時までの一週間というパターンが基本的です。マリーナの人にとって土曜日は、朝帰ってきたボートを受け取り、チェック・整備して、夕方には次の人に説明して送り出すわけで、一週間で一番忙しい日になります。

予約しておいた2枚帆のクルーザー「Lady Dancer号」は、他のヨットと並んで、橋の下流側西岸に繋いでありました(写真)。一日の大半を過ごすことになるコックピット(船尾で操縦する屋根のないスペース)が十分に広いのが嬉しいです。全長26フィート。これだけの大きさのクルーザーを自分が船長となって帆走したことはまだありません。身震いが出そうです。

船室に入ると、左舷側にトイレ兼シャワー兼洗面所の狭い部屋、続いて4人で快適に座れるテーブルとベンチ、右舷側には一人分のバース(寝だな)、冷蔵庫・流し・ガスコンロ・グリル・オーブン付きのキッチン、コートロッカーがあります。その先の船首に2人分のバースがあり、そこには開閉可能な前部ハッチが天井に付いています。テーブルとベンチの部分は、夜は折りたたんでダブルベッドになります。私と四本モミが船首、航海士がダブルベッド、きれいなポリーが船尾のバースを使うことになりました。大人でもまっすぐ立てる天井の高さがあり、あちこちに収納スペースもあります。寝具や食器は船に備え付けてあるので助かります。

荷物を積み込んだ後、一通りの説明がありました。ディックみたいにメモを取りながら聞きましたが、全て書いてあるマニュアルが船内に置いてありました。
− ジブ(前部の帆)の巻上げ装置の使い方
− 橋をくぐるためのマストの倒し方
− 強風の時のメンスルのリーフィングの仕方
− エンジンについて:毎朝の点検項目、始動と止め方
− ガスについて:元栓と各ガス機器の注意点(冷蔵庫もガス)
− 水について:ポンプのスイッチ、毎日水は満タンに補給すること
− トイレ、シャワーの使い方
燃料(ディーゼル機関用の軽油)は、1週間の旅には十分なだけあるそうで、補給の心配は要らないとのことでした。

出発の前に、AB船員2人にもやい綱の扱い方を一通り説明しておきます。船首から前方向、船尾から後ろ方向へ2本のもやい綱を取るのが基本ですが、それに加えて船尾から前方向にスプリングというもやい綱を取ることもよくあります。もやい綱を杭に結ぶためのクラブ・ヒッチ、鉄の輪に結ぶための結び方、そういうのが何もない岸に着けるために地面に埋め込むロンド・アンカーの使い方、これだけ覚えれば大丈夫です。

ウォマック水路

AB船員がもやい綱を解いて、エンジンでサーン川を下り始めました。今日の所はまだ帆走する勇気はありません。AB船員も交替で舵を取って、エンジンで走る時は誰でも舵が取れるように慣れておきます。

さっそくオオバンの巣を発見!皆で興奮しました。1羽が卵を温めているようで、もう1羽がその近くを泳いでいました。

さて、どこに向かうのか特に決めていません。ウォマック水路の入り口を過ぎてから、やっぱりそこに入って見ようかとUターン。このあたりのサーン川の川幅はかなりあるので、Uターンも問題なく出来ました。水路に入ってからは川幅が狭まります。途中に『オオバンクラブの無法者』のビデオでサー・ガーネット号に使われた「アルビオン号」というノーフォークの伝統的な貨物運搬用の帆船(wherry)が繋留されてました。

最初の寄港地であり一泊目を過ごすことになる場所は、ウォマック水路の途中の何の変哲もない岸辺にしました。きれいなポリーが船尾、四本モミが船首でもやい綱を持って用意し、岸に着けたところで飛び降りて、ロンド・アンカーを使ってもやいました。

エンジンを切ると、途端に静かになり、さっそく集まってきた水鳥に、パンくずなどのエサをあげました。のんびりと静かに時間が流れます。やっぱり自分はこういう旅が好きなんだなあと、しみじみ思います。

夕食はイワシの塩焼き、野菜、ご飯。日記をつけた後、ようやく暗くなった夜10時頃寝ました。

7月4日(日):ウォマック水路→南ウォルシャム→ランワース→ホーニング

帆走をおぼえる幼稚園

今日は、航海士は一人でノリッジ観光に出かけます。夕方にホーニングの船着き場で落ち合うことにしました。航海士をバス便のある所に降ろすため、ウォマック水路の終点にあるルーダムのマリーナにエンジンで向かいます。船でびっしりのマリーナで1箇所だけ岸に着けられそうな狭い場所に入るために、初めてエンジンで後進します。後進するのはかなり難しいです。舵はほとんど効かないし、スクリューの構造上、船尾が左舷側に曲ろう曲ろうとします。何度かやり直して、何とか航海士を桟橋に降ろせました。

ウォマック水路をサーン川に戻るのに風は追い風です。水路の奥の方では風を遮っていた木もサーン川に近づくに連れてなくなりました。帆走しない言い訳はもうありません。エンジンで走るのは気楽ですが、帆走するためにわざわざヨットにしたのです。いよいよ挑戦の時がやってきました。緊張しながら、舵をきれいなポリーに替わり、まずメンスルを上げます。次にジブを開いて、エンジンを切りました。途端に静かになります。弱い風に吹かれてゆっくりと進んでいます。ノーフォークで初めて帆走しました!この静けさが最高です。緊張がゆっくりと解けていきました。

サーン川に出て南に向かい、ビュア川との合流点までやってきました。右に曲りホーニングの方へ向かいます。ここで向かい風となりました。この辺りの川幅はかなり広いのですが、そこを間切ろうとして失敗。スピードがつかないまま次の転回となるので、舵が効かなくて曲れません。そのままアシの中に突っ込みそうになり、あわててエンジンをかけて避けます。今日のところは、風上に向かう時はエンジンを使うことにします。ビュア川は帆走を覚える幼稚園(第5巻24ページ)ですが、私はまだ年少組です。

聖ベネット僧院の廃墟

聖ベネット僧院の廃墟しばらくクネクネと曲るビュア川を帆走と機走を繰り返して上ります。今日最初の寄港地は、聖ベネット僧院の廃墟(写真)です。廃墟は、周りに何にもない所にポツンと建っています。昔は風車が付いていたような塔が残っています。

廃墟の対岸は、南ウォルシャムへのフリート水路の入り口です。そちらから、サー・ガーネット号のような大きな帆船がやってきました。大きな1枚のメンスルだけで悠々と走っています。ガフはありますが、ブームはありません。音もなくゆったりとビュア川に出てきてホーニングの方に曲って行きました。惚れ惚れするような光景です。

南ウォルシャム

こちらも岸を離れ、向かい風なのでエンジンでフリート水路へ進入です。狭い水路を抜けて、広々とした南ウォルシャム沼に出ました。静かで落ち着いた感じの沼です。2隻のクルーザーがのびのびと帆走を楽しんでいます。こちらも帆走に切り替えます。岸の木に遮られるのか、沼の中でも風が吹いている所と、ほとんど凪の所があり、快適に帆走しているかと思うとセールをだらりと垂らしてほとんど停まったりします。南ウォルシャム沼は真中でくびれた2つの広い沼からなっています。奥の沼に向かっていくと、そちらには1隻のボートも見えません。双眼鏡で遠くの看板のようなのを見ると「Private」と書いてあるので進入をやめます。旅行が終わった後で調べたのですが、奥の沼は岸に着けたり釣りをしたりしない限りは入っていいそうです。でも水深の浅いところがあって、Lady Dancer号では座礁の危険がありました。ティーゼル号もポッター・ヘイガムからホーニングに向かう途中でこの沼に立ち寄っています。彼らは、奥の沼に入りましたが、あぶなく浅瀬に乗り上げそうになりました(第5巻228ページ)。

まだお昼には早いので接岸はせずに、またフリート水路を通ってビュア川に戻ります。今度は帆走なので静かですが、風がそよ風程度なので歩くよりゆっくりしたスピードで動いています。

ランワース

ランワースの船着き場(スターン・オン)ビュア川をさらにさかのぼり、アント川への入り口を過ぎて、ランワースへの水路の入り口に来ました。ここは、水路を進むティーゼル号上のトムがマーゴレッタ号に見つからないように、ポートが川の反対側で白鳥の羽を拾ってぐれん隊の注意を引き付けていた所です(第5巻128ページ)。ノーフォーク中で白鳥はたくさん見たけど、白鳥の羽は残念ながら見かけませんでした。

また向かい風なのでエンジンでランワースに向かいます。ランワース沼は、南ウォルシャム沼よりもずっとにぎやかで明るい感じでした。パブや観光案内所のある公共の船着き場は、既に所狭しとボートが繋がれています。運良く一番端の1隻がちょうど出て行きました。そのスペースに接岸することにします。この船着き場は「スターン・オン」と言って、船尾から接岸するようになっています。エンジンで後進しながら岸に近づき、船尾の右舷側・左舷側それぞれからもやい綱を取ります。ところが、ボートが岸と直角にならずに斜めになってしまったので、隣の船に上がらせてもらい、そこから船首のもやい綱を引っ張って、まっすぐにして、船首がまた振れないように、マッド・ウェイト(アンカーの代わりに使う鉄の重たい固まり)を水底に降ろしました。何とか形になりました(写真)。

入れ違いのように隣の船が出て行き、さっそくそのスペースに別の船が入ってきました。スターン・オンでの着岸はかなり難しいので苦労しています。グワーン、グワーンと、忙しく前進にしたり、後進にしたりして、うちの船にも反対側の船にもぶつかりそうで、ヒヤヒヤします。もやい綱を持って船尾でオロオロしているかわいそうな奥さんに、船首からご主人が大声で怒鳴っています。あれあれ。でも2回目からはずっとうまく行くのです。最初はすっごく難しいと思ったことでも、次にやる時はそうでもなくなっているというのを何度も実感しました。偉そうに書いている自分も、実はスターン・オンは2回目です。12年前に、同じノーフォークでモーターボートを借りた時に初めてのスターン・オンを経験しました。あの時は今でも覚えているくらいすっごく緊張しまくりました。1回目と2回目の違いはとっても大きいのです。

Lady Dancer号には、嬉しいことにちゃんと上げ下ろしできる旗ざおが付いていたので、既に小さな海賊旗(ボウネスの蒸気船博物館で買った物)をマストの上に上げてあります。その海賊船の船長にふさわしい「どくろと骨のぶっちがい」の刺繍付きの帽子を、ランワースのお店で見つけて買いました。

パブの庭でのんびりとお昼を食べた後、重た〜いマッド・ウェイトを引き上げ、エンジンで岸を離れてから帆走に切り替えて、ランワースからホーニングへと向かいます。

水かき付きのセイラー達

ビュア川のヨットビュア川に出てからは、たくさんのヨットに追い越されていきます。どこかのセーリング・クラブの人達なのでしょう。同じ型のヨットが数艇一緒に帆走しています(写真)。そういうヨットの群れが次から次へとやって来ます。Lady Dancer号の両側の、こすりそうなくらい近い所をスーッと通り抜けて行きます。お見事!追い越し艇は、追い越され艇を避けなくてはなりませんから、こちらはまっすぐに針路を維持していればいいのです。

川が曲り風上へ向かう区間となると、彼らは川幅いっぱいに間切り始めます。こちらはエンジンを始動します。そこで立場が逆転します。今度はこちらの方が早くなりますが、問題はそんなことではありません。彼らは帆船、私は汽船。今度はこちらがあちらを避けなくてはいけないのです。これはすっごく緊張します。こちらは右側の岸にできるだけ近い所を進みながら、左から斜めにやってくるヨットの船首の前を抜けるか、ヨットが目の前で転回するのを待ってからその船尾の後ろから抜くか、判断を迫られます。時にはエンジンを後進にしてスピードを殺し、左からやってきたヨットに道を譲ります。前にも後ろにもヨットがいるし、前からも後ろからも他のモーターボートがやって来るので、すっごいスリルです。モーターボートの中には、無理矢理ヨットの群れを追い越して行って、ヨットから怒鳴られているのもいました。

また川が曲り帆走できる区間になると、苦労してやっと追い越したヨットにまた抜かされたりします。でも楽しかったです。上手な人が川幅いっぱいに間切って帆走しているのを間近に眺められるのは、素晴らしいことでした。中にはガフ付きのセールに木造の艇体のヨットもあって、本当に美しいのです。

ホーニングの船着き場

ホーニングの船着き場ようやくホーニングに入って、渡船亭(Ferry Inn)を過ぎ、白鳥亭(Swan Inn)が 見える所にやって来ました。白鳥亭側の船着き場(写真)は既にボートでいっぱいだったので、対岸に留めて待っていたら、15分くらいで航海士が現われました。船着き場の端っこに船首だけ突っ込んで航海士を乗船させて、後進して離れようとすると、船が岸に直角になってしまい川を航行する他のボートとぶつかりそうになるし、ちょっとみっともなかったです。対岸でねばって待っていたら、ようやく1隻のボートが出て行きました。そのスペースにさっと入って、やっと白鳥亭側の岸にもやう事が出来ました。今夜は、第9巻のカラー口絵の「ホーニングの船着き場」で一泊です。しかも、この口絵の死と栄光号とほとんど同じ場所です!

夕食の時に黒ネコが無断乗船して来ました。夕食後、白鳥亭の庭でビールを片手に川を眺めながら、日本のランサマイト仲間への絵葉書を書きました。

7月5日(月):ホーニング→(陸路:グレイト・ヤーマス往復)→エイクル

陸路でグレイト・ヤーマスを偵察

田舎のノーフォークではレンタカーの営業所が土曜日の午後も日曜日も閉まっているので、船旅中は不要な車を返却するのが、今日になってしまいました。

まず車を置いてあるポッター・ヘイガムまでヒッチハイクを試みます。(バスは10時以降にならないとありません。)昨日、航海士がポッター・ヘイガムからホーニングまでのヒッチに10台目くらいで成功したそうです。すでに8台の車が通り過ぎ、9台目は何とバスがやってきました。バス停の時刻表には載っていないのにポッター・ヘイガムに行くと言うではないですか。ラッキー!ところが、あれあれ小銭が足りません。20ポンド札では駄目。ありったけの小銭を見せると、1.6ポンドのところを91ペンスにおまけしてくれました。親切なドライバーで助かりました。

グレイト・ヤーマスで車を返した後、ヨット・ステーションや橋を偵察しました。ブレイドン湖まで見に行く時間はありませんでした。

ヤーマスからホーニングまで戻るのに、最初はポッター・ヘイガムで降りて残りはヒッチしようかと思いましたが、突然雨が降ってきたので、教えてもらった通りに、まずストルハムまで行って、そこでバスを乗り換えて、ホーニングに着いたのは午後1時過ぎでした。ホーニングを朝8時過ぎに出てから5時間!ノーフォークをバスで巡るのは本当に大変だなあと実感しました。

エイクル橋の通過

アルビオン号私がヤーマスへ行っている間に、とうとう水タンクが空になってしまいました。毎日補給するように言われてましたが、一昨日にヨットを受け取って以来まだ一度もしていません。ホーニングの船着き場を発って、まずは水探しです。ホーニングのたくさんのマリーナのひとつにそれらしい看板があったので、そこに入って、水のホースの近くにもやいました。勢いのない水で、補給するのに随分時間がかかりました。

今日も風上に向かう時は機走、それ以外は帆走で、エイクルを目指します。帆走中に、アルビオン号(写真)に追い越されました。サー・ガーネット号のようなノーフォークの伝統的な形の帆船です。美しいです。その後、向かい風になるところで機走中に今度はこちらが追いつくと、なんと「さお」で川底を押しながら、一応間切ってました。う〜む、すごい、すご〜い・・・それ以上の言葉が出ません。

サーン川への入り口を過ぎた所からは、初めて走るビュア川の下流域です。風が弱く、向かい風が多くて、今日はほとんど帆走らしい帆走は出来ませんでした。また川を間切るのに2回挑戦しましたが、どちらも失敗でした。

マストを倒すエイクルの橋が見えたところで一度ヨットを岸に繋いで、いよいよマスト倒しです。まずメンスルを降ろしてブームの上に折りたたんでまとめます。次にタバナクル(マストを支えている物)からピンを抜き、ジブ・ハリヤードをゆるめます。船首のウィンチをぐるぐる回すとマストがゆっくりと後ろに倒れていきます(写真)。最後に、フォアステーをAフレームという物からはずして、Aフレームを元の場所に戻して完了です。思ったよりも時間がかかりました。

橋をくぐって反対側の岸は他のボートでふさがっていたので、そのまま走りながらマストを上げ始めます。ようやく着けられる場所があったので、そこにもやい、マストを最後まで上げて、今夜の停泊地としました。周りに本当に何にもない荒野でした。

7月6日(火):エイクル→グレイト・ヤーマス→聖オレイブス→ウルトン沼

グレイト・ヤーマスを通過

朝、5時に起きると霧でした。何とか航行は出来そうです。今日は、いよいよグレイト・ヤーマスを通り南部の川へ行きます。干潮は朝9時33分。その前1時間、後2時間の間にヤーマスを通過しないと、潮の流れが強すぎて危険です。

霧だし、遅れたくないので、まずはエンジンで進みながら、ストークスビイを過ぎ、ストレーシイ・アームズへやって来ました。風車とお店が1軒あるだけの所です。ここから先は、ヤーマスまで数マイルの間、どこにも接岸できる場所がありません。まだ朝早くて誰も航行していないビュア川を独占しつつ、荒涼とした風景の中を進みます。

だんだん霧が晴れて、日も差してきました。このペースだと早く着きすぎてしまうので、帆走に切り替えて、弱々しい南風を受けてゆっくりと進みます。あまりにゆっくりなので、モーターボートが追い越しざまに、パドルで漕ぐまねをしてきました。私は「とんでもない!」という風に頭を振り、メンスルをふーふー吹くまねをすると、笑ってました。

グレート・ヤーマス第2の橋ビュア川はヤーマスの手前で大きく南に曲ります。そこからは向かい風なので、またエンジンに切り替え、メンスルも降ろして、マリーナに着けました。そこで、水を補給(3ポンドは高い!ヤーマス料金です)した後、マストを倒します。9時半を少し過ぎたくらいで、時間的にはベストです。ビュア川ではまだわずかに下げ潮で、ブレイドン湖では上げ潮が始まっています。

マリーナを離れ、ヨット・ステーションの前を通り、橋に近づきます。倒したマストは船尾に大きく飛び出しているので、川の途中でUターンは出来ません。前方を行くモーターボートが何らかの理由で止まれば、こちらはどうしようもないので、大きく間隔を取ります。幸い、後ろからついて来るボートはありません。

水路が狭くなり、第1の橋をくぐり、すぐに第2の橋もくぐります。第2の橋は、古めかしい鉄橋で、とっても雰囲気があります(写真)。その先には、左側に大きな貨物船が留まっていて、ますます水路が狭くなっています。右側に並ぶ赤いドルフィンに沿ってだんだん左に曲り、太い黄色の杭を過ぎてから、すぐに大きく右に曲がり、第3の橋の方へ進みます。この辺りはかなりごちゃごちゃした感じでちゃんと正しい水路を通っているかどうか確かめつつ進むのに緊張しました。

ブレイドン湖で座礁

第3の橋を越えると目の前に広大なブレイドン湖が広がりました。思ったよりも太くて高くて間隔のある杭が点々と並んでいます。水路の幅も想像よりずっと広いです。干潮を過ぎたばかりなので、水路の外には泥の干潟も見えます。

ヤーマスを無事に越えました。これでもう先を急ぐ必要はありません。ヨットを走らせたままマストとセールを上げ、エンジンを切り、静かな帆走に切り替えます。右側の杭の内側に沿って進みますが、だんだんとその針路では、風上に向かい過ぎていてセールがパタパタしてきました。タックする必要がありそうです。水路の幅があるので、きっと大丈夫でしょう。転回して、反対側の赤い杭の方に向かいます。またすぐに転回。あれあれ、なかなか曲ってくれません。やっぱりスピードが足りなくて舵が効かないようです。あわててエンジンを始動しようとすると、いつもは一発でスタートするのに、何度やってもエンジンがかかりません。船首は行きたい方向と逆の方にどんどん回っていきます。もう赤い杭の外側に出てしまいました。仕方がない、タックの代わりにジャイブして転回しようと舵を逆に切ります。さあ、回ってくれ、回ってくれ、と念力を送ります。既に大きく赤い杭の外にはみ出しています。すーっと、ヨットの動きが止まってしまいました。

うわ〜〜〜、これは本当に現実なのだろうか?との疑問が頭の隅の方にありました。でも、紛れもない現実です。ブレイドン湖で座礁してしまいました。

セールは風をはらんだままです。降ろした方がいいだろうかと考えていると、四本モミが「通りがかりのボートにSOSを送ろうか?」と言ってます。まだそういう状況ではないので、それは止めさせます。でも、モーターボートで引っ張ってもらえれば、たぶん脱出できるだろうなあ。さて、潮は?今は干潮を過ぎて上げ潮だから、そんなに何時間も待たなくてはならないということはどっちにしろないなと、少し安心します。

そこで、ふと気がつきました。最後にエンジンを止めた時に・・・案の定でした。エンジンを止めるには、コックピットの座る所を開けて、中にある輪を引っ張るのですが、引っ張ってエンジンが止まった後、その輪をまた元の位置に戻しておかなくてはなりません。それが、戻っていませんでした。輪を戻してエンジン始動・・・今度はいつものようにすぐにスタートしました。ギアを全速後進に入れると、あっけなく座礁から脱出して水路に戻れました。

きれいなポリーは「もっと座礁してたかった。すぐに離れてつまんな〜い。」と言いました。私も「やったね!ちゃんとブレイドン湖で座礁できて、ラッキー。」と思いました。

ブレイドン湖の残りはさすがに機走です。でもブレイドン湖の大きさをじっくりと感じたいので、わざと微速で進みます。ようやく湖が終わり、ウェイブニー川とイェア川との分岐に来ました。ベックルズを目指すティーゼル号は左に、それを追いかけるポート・スターボードが乗ったウェルカム号は右に行ってからニューカットを通りました。Lady Dancer号は、左のウェイブニー川を進むことにします。サガに出てくる「ブレイドンの水先案内」らしき屋形船は、見かけませんでした。川に入って最初の船着き場、Burgh Castleという所に接岸して、ゆっくり落ち着いて昼食にしました。

聖オレイブズの強い潮流

聖オレイブスの橋今日はどこかで食料の買い出しをしなくてはなりません。ここにはお店はないので、さらに先に進みます。南部の川はボートも少なく、荒涼としていて、岸にもやえる場所も少ないです。でも、木が少ないので帆走には向いています。ようやく帆走らしい帆走が出来て、聖オレイブズの橋にやって来ました。ここならお店があるかもしれません。

橋の手前で接岸し、マストを倒し、橋をくぐります。この橋は低くて迫力があります。橋の反対側の船着き場は、スターン・オンでした。倒したマストが船尾から突き出ているままでスターン・オンは無理です。仕方なく走りながらマストを上げて、ニューカットとの合流点を過ぎた所でUターンしてから、また聖オレイブズに戻ります。Uターンするなり気がついたのですが、微速だとほとんど前に進めないほど潮の流れが強いです。スターン・オンで繋留するために後進しようとしますが、強い潮流で流されてしまってうまく行きません。2回挑戦してどちらも失敗です。仕方ないので、橋のすぐ側のスペースにヨットを横付けしました(写真)。

そこには1軒のパブと、川に面した芝生の庭にピクニック・テーブルがありました。さっそくビールを一杯飲みながらくつろぎます。AB船員たちも、パブの庭にいるヤギに草をあげたり、アイスクリームを食べたりしてくつろぎました。残念ながら、食料が買えるようなお店はここにもありませんでした。

またもやいを解いて出発です。潮の流れが強いのを気にし過ぎた私の指示の出し方が悪くて、船尾のもやいを解いたきれいなポリーが桟橋に取り残されてしまいました。「もやい投げ込んで!」に、すぐにきれいなポリーが反応してくれたので、もやい綱を引きずって桟橋に引っ掛けたりスクリューにからめたりせずに済みました。また、潮に逆らいながら桟橋に近づきなおして、AB船員を拾い、Uターンです。

パブの庭でくつろいでいる人達に、到着の時も出発の時もいい見世物を提供してしまいました。最後に、負け惜しみに彼らに手を振って、聖オレイブズを後にしました。それでも、ここはとっても好印象の寄港地です。

ソマリートンの鉄道橋

また、ニューカットとの合流点を過ぎ、先に進みます。そこからはほとんど向かい風で、エンジンばかりです。地図を見ると、この先のソマリートンという所に鉄道橋があるのに今更ながら気がつきました。あれっ、だったら聖オレイブズでマストを倒した後、そのままソマリートンを抜けるまで機走してきても良かったなあ。でも、地図には「スウィング・ブリッジ」と書いてあります。このヨットのために橋を開いたりしてくれるのだろうか?

ソマリートンの鉄道橋橋が見えてきました。岸にマストを倒すために接岸するスペースはありましたが、まずは偵察のために橋に近づきます。潮流が橋に向かって流れているので、あんまり近づきすぎると危険です。橋は閉まっています。横に、煉瓦造りの橋守(?)の小屋のようなのが建っています。双眼鏡で見ると、その小屋に「BRIDGE WILL OPEN」と「10 minutes」と書かれた黒い板が掲げられていました。おお、10分後ということは、ちょうど4時に橋が開くんだな。

橋の手前でUターンを繰り返して待っていると、本当に列車がひとつ通過しました。4時を過ぎて、カタンという微かな音が聞こえました。橋が回り始めました。「スウィング・ブリッジ」という言葉から、オランダの跳ね橋のように上に上がるのを想像していましたが、この橋は水平に回転して、船が通るスペースが出来ました(写真)。まだ回転している間から進入して、橋を無事に通り過ぎ、橋守のおじさん(?)に向かって、皆でありがとう〜と手を振りました。

ちなみに、トムが橋に近づきながら開くかどうか心配していたヘリングフリート橋はもうありませんでした。ティーゼル号の時は、ソマリートンの橋は開いてました。

ウルトン水路

だんだんいい風が吹いてきたのですが、Lady Dancer号は相変わらず向かい風の時はエンジンです。一部、帆走出来る区間もあったのですが、もう疲れていてそのまま機走を続けちゃいました。

ティーゼル号は、朝ホーニングを発ってから、ずっと順風に恵まれ、ウルトンとベックルズの分岐点まで来て、とうとう風が止み、長い1日の航海を終えました。しかもエンジンなしでです。これは本当にすごいことだと、現地でしみじみと実感しました。Lady Dancer号は、この分岐点で右のベックルズではなく左のウルトンの方へ向かいます。

ウルトン沼の嵐

ウルトン水路を抜けて広々としたウルトン沼に出ました。ヨットやカヌーがたくさん出ていてすごくにぎやかです。それを避けながら、船着き場を目指します。もう一杯で空いてないかもなあと思いつつ、近づくと、さすがにボートでびっしりのようです。今日はヤーマスを越しての長い航海で、かなり疲れています。ウルトン沼にぜひとも停泊したいです。

ウルトン沼の水門運河外側に面した浮き桟橋の一部にスペースがあったので、取りあえずそこに付けます。ここは、どう見ても特等席という感じのスペースなので、そこでいいかどうか、桟橋を歩いてハーバー・マスター(港務部長)を探しに行きます。事務所は既に閉まっていて誰もいません。ハーバーの内側は、スターン・オンのボートでびっしりですが、一箇所だけスペースがありました。よし、ここに移動しようと決めて、ヨットに戻る途中に、ハーバー・マスターがいました。彼も私が目をつけた場所に移動してくれとのことです。

もやいを解き、桟橋をぐるりと回って混雑したハーバーの内側に入ると風もおさまり、ゆっくり後進しながらちょうど一隻分のスペースにスターン・オンでうまくもやえました。ハーバーの人がもやうのを手伝ってくれました。船首からマッド・ウェイトを水底に降ろして、1泊4.8ポンドの係船料を支払って、ほっとします。

その後、雷をともなった夕立となりました。ここはウルトンのヨット・ハーバー、着いた時にハーバー・マスターが手伝ってくれたし、嵐もやってきたし、何もかも史実どおりで嬉しくなってしまいました。しかも、このヨット・ハーバーには、ちゃんと熱いお風呂・シャワーがありました。当然、利用しました。

夕立の後、またカラッと晴れ渡ったので、なぜかウキウキと高揚した気分で、この沼と海とをつなぐ水門運河(写真)を見たり、隣接している公園を歩いたり、街を散歩したりしました。

7月7日(水):ウルトン沼→(陸路:ローストフト港往復)→ニューカット→リーダム

ローストフト港

ローストフト港ティーゼル号の皆は、ウルトン沼からバスでローストフト港を訪れました。COOT一家は、時間的にもっと都合が良かった列車に一駅だけ乗って、ローストフトの港に降り立ちました。

ヤマネコ号が出港して行った港の入り口の防波堤と2つの灯台がさっそく見えました(写真)。最初に左の方の灯台を目指して歩き出したら、そちらへは一般の人は近づけなさそうだったので、右の方を目指します。跳ね橋を渡り、ヨット・ハーバーの横を通って、立派な遊歩道から灯台の所まで行けました。灯台に「霧笛が鳴っている間は耳をふさぐように」との警告が張ってあるのが、何だか嬉しいです。

ヤマネコ号がつないであった岸壁はあそこだろうか、ピーター・ダックが座っていたボラードはあれだろうかと、想像を巡らします。(ガーン、今、この巡礼記を書くために、第3巻P42のローストフト港の地図を開くと、ヤマネコ号もマムシ号も、内港にいたのでした。私は外港だけ一生懸命見ていました。ああ、ショック。また行かなきゃ!)

現代版の導灯を発見しました。灯台のすぐ横に立っている棒に、三つの灯りが点いています。ある角度から見ると上から「緑−白−緑」なのですが、横に移動して角度を変えると「赤−白−緑」になりました。たぶん、さらに移動すると「赤−白−赤」になるんだと思います。「赤−白−緑」に見えるような角度を保って、北海から港に接近すれば安全だということなのでしょう。

ウルトン沼の「死と栄光」号

港でのんびりした後、また列車でウルトン沼に戻り、マリン・ショップやお土産屋で、いろいろと買物をしました。AB船員達は記念にシャックルを買いました。

とっても好印象のウルトンでしたが、そろそろ出発です。沼はまた色とりどりのたくさんのヨットでいっぱいです。最初はエンジンでハーバーを出ます。ちょうど観光船が岸を離れて沼に出て行くところだったので、それを避けるために、ヨット教室の大群と釣り人がたくさんいる岸の間を通ることにしました。

突然、ガクンと下から上に突き上げられる感じがして、ズズッとヨットが止まりました。これは、紛れもない座礁の時の感覚そのものです。しかも、エンジンでスピードが出ていたし、突き上げられた時の感じから、今回はしっかりと立派に座礁してしまったようです。

エンジンを全速後進にしますがビクともしません。ボートフックで湖底を突っついてみます。確かに浅いことは確認できましたが、脱出の助けにはなりません。全員が片方の舷に寄って、傾けてからまた全速後進を試しますが、動きそうにありません。舵も座礁しているようで、右左と動かすと抵抗があります。

う〜む。どうしようか。キールが湖底から離れるようにもっと傾けるには、マストの頂上につながっているハリヤードを岸から引っ張ってもらおうか、みたいな事を考え始めた時に、助けがやって来ました。

ヨット教室の大群を監視しているインストラクター風の2人が乗った小さなモーターボートの目の前で座礁したのですが、その2人がロープを投げてきました。一番丈夫な船首にもやい結びでつなぎます。引っ張る方向が問題です。後ろに引っ張れば深い方に行けるのは確かですが、船首につないだロープなので、後ろには引けません。当然前に引けばさらに座礁してしまいます。岸から離れる方向の横方向に引くと合図してきます。OK。

グワーンとエンジンをふかして引っ張ってくれます。少し船首の方向が変わると同時に、舵に強い力がかかっているのがティラーを通して感じられます。舵を壊さないだろうかと心配です。グワーン、グワーン、何度かふかして、少しずつ動いて、とうとう離礁しました。親指を立てて合図します。四本モミがロープをほどいて投げて、皆で「Thank you!」。ふ〜。いろいろな事があるものです。遭難船救助会社「死と栄光号」にサルベージしてもらっちゃいました。

広々としたウルトン沼で帆走をしたかったけど、とにかくレースや教室のヨットの大群がすごいので、その邪魔をせずに沼を抜け出ること自体がチャレンジです。座礁の後だし、もう岸の近くには寄りたくありません。レース中のヨットに近づきながら、さてどっち側を通ろうかと思っていると、湖の真中のボートからこっちこっちと手信号がありました。それに従って方向を変えると、親指を立ててOKの合図が帰ってきました。

ソマリートンで「開け、橋!」

どうにかこうにか、ウルトン沼を抜け出してウルトン水路に入り、ようやくセールを上げました。ところが、向かい風です。水路が曲っても向かい風です。このままずっと向かい風で帆走できないのはつまらないので、ベックルズの方へ行くことにしました。ところが、風がほとんどありません。これでは帆走はどっちみち無理です。やっぱりベックルズは止めて、ソマリートンの方へ向かいます。その後、ようやく帆走できる風向きになってきたので、どんなにゆっくりでも帆走することにします。今日はのんびりです。

四本モミが家で工作して作ってきた小さな木製の船を、ずっとティットマウス号の代わりに曳き船して遊んでいたのですが、とうとうその糸が切れてしまいました。エンジンをかけてUターンして拾い上げます。

帆走に戻り、向かい風区間で2回間切るのにも成功しました。でも、ソマリートンの手前でまた失敗、潮に流されてどんどん戻ってしまうので、またエンジンで橋に接近します。今日は「BRIDGE WILL OPEN」の隣に「後何分」という標識が出ていません。どこかで橋を開けるためには笛を鳴らすと書いてあったのを読んだような気がします。サガの中の話だったかなあ。試しに、四本モミが呼子を3回吹き鳴らしました。「−−−」モールスの「O」つまり「Open」の「O」です。すると、何と、橋が開き始めました。ヤッター!そのまま橋を通り抜け、また帆走に切り替えます。

ニューカット

ニューカット風が弱くて本当にのろのろと、留まっているボートの横を通りすぎていきます。ヘリングフリートの船着き場にもやってマストを倒し、エンジンで、ハディスコー橋をくぐり、楽しみにしていたニューカットに進入しました。サガの頃と違って、今ではハディスコー橋は固定橋です。走りながらマストを上げます。ニューカットの帆走をとっても楽しみにしていたのですが、残念ながら向かい風なので、ずっと機走で進みます。

ニューカットは思ったよりも幅があります。本当にまっすぐです(写真)。すぐ左に平行してある線路の上を列車が通りました。両側とも牧草地が広大に広がっていて何もありません。

また曳き船の糸が切れて、狭い水路でUターンです。四本モミもとうとう懲りて、ティットマウス号はしまいこまれてしまいました。

リーダムの鉄道橋とフェリー

ようやくニューカットとイェア川の合流点に来ました。よく見ると、ブレイドン湖からイェア川を上って来る上げ潮の流れは、この合流点でニューカットへ流れ込んでいます。つまり潮が満ちてくる時は、ニューカットでは北西から南東へ水が流れるみたいです。ずっと潮に逆らいながらニューカットを進んで来たわけです。

イェア川に入ると潮の流れを強く感じました。ここリーダムは潮流が強いので注意するようにとの看板があります。ここにもソマリートンと同じような鉄道の旋回橋があります。橋の方に向かっての潮流なので注意が必要です。

橋に近づきながらまた笛を3回鳴らします。反応がありません。Uターンして、またUターンして再度橋に近づき出すと、「後20分」の標識が出てきました。またUターンして、川の右端の方に寄って、アンカー代わりのマッド・ウェイトを降ろしたら、水深が深くて底に届きません。結局、接岸して待ちました。列車が2つ通過した後、「後20分」の標識がなくなったのを確認して出発。反対側からもヨットが2隻やってきました。こちらも潮に乗って橋を通過します。こういう場合は、潮の流れと共に通過する方の船に優先権があります。潮に逆らって進む方が簡単に止まれるからです。

リーダム・フェリーのパブの庭ティーゼル号は、ウルトンを午後に発ってノリッジに向かいながら、リーダムを過ぎ、キャントリイの先まで行きました。やっぱり彼らはすごいなあと思います。Lady Dancer号は、リーダムに泊まることにします。でも、橋の近くの船着き場は既にいっぱいです。その先のリーダム・フェリーまでやって来ました。ここは、川を横切る鎖を使って行ったり来たりするフェリーがあります。自動車が1度に2〜3台乗れるくらいの甲板だけの小さなフェリーです。そこに1軒のパブがあって、それ以外には何もないところです。ここに1〜2隻分のスペースがまだあったので、今夜はここで過ごすことにしました。係船料は5ポンドですが、後でパブでの飲食代に当てることができます。つまり、5ポンド以上の飲食をすれば係船料はただ。パブのきれいな庭には赤バラが咲き乱れていました(写真)。嬉しいことに無料のシャワーもあります。

フェリーには日が沈むと航海灯が点きました。パブの庭でビールを片手にフェリーや川の流れや赤バラを眺めながらのんびりとくつろぎました。今までの停泊地の中で、全体的な印象の良さではここがナンバー1です。

7月8日(木):リーダム→バーニイ・アームズ→グレイト・ヤーマス→エイクル

イェア川の帆走

今日は、昼12時の干潮に合わせてグレイト・ヤーマスを通過してビュア川に戻ります。かなり強い下げ潮に乗って朝8時半頃にリーダムを出発しました。エンジンで岸を離れた後はすぐに帆走に切り替えて鉄道橋に近づき、またエンジンにして「ピー・ピー・ピー」と笛を鳴らして合図します。「後何分」の標識は出てないのですが、まだ橋は開きません。聞こえなかったのでしょうか。Uターンしながらもう一度「ピー・ピー・ピー」。まだ開きません。そのうちに列車が通過しました。また橋に近づきながら笛を鳴らします。まだ開かないのでUターンします。その途端に橋が開き始めました。そのまま360度ターンして、橋を抜けました。

そこからはとことん帆走で、イエァ川をブレイドン湖に向かいます。潮流に助けられる分スピードが上がります。向かい風区間でも今日はできるだけ間切ってみました。何度か失敗してエンジンを使ったけど、少しずつ上手にはなっていると思いたいです。スピードがつかないまま転回しようとすると曲れずにそのまま川岸のアシ原に突っ込んでしまいます。毎回うまく回れるかどうかヒヤヒヤします。

一度、何でもないところでスッとヨットが止まりました。「あれっ、これ座礁してるよねえ。」岸辺はアシ原ではなくて草地のようになっています。そういう所で岸に寄り過ぎると水深があまりないようです。舵をぐりぐり動かしながらエンジンで後進すると脱出できました。何でもない川の中でも座礁するんだとちょっと驚きです。

バーニイ・アームズ

そろそろブレイドン湖という所がバーニイ・アームズです。トムがティットマウス号で水・食料を買い出しに行った場所です。そこの風車を見学しました。上まで登ってあたりを眺めます。風車からちょっと離れた所に一軒の家があって、そこがトムが買い出しした店かなあと思ったのですが、もうそろそろ急がないと干潮の時にヤーマスを抜けるのに遅れてしまいそうだったので、残念ながらその家には寄らずに出発です。

もう既に11時半を過ぎているので、12時の干潮の時刻からそれほど遅れないように、この先はエンジンで進むことにします。来る時はわざと微速で進んだブレイドン湖ですが、今日は全速で進んだので、それだけ湖が小さく感じます。

ヤーマスのフカ健在?

走りながらAB船員2人だけでマストを倒します。最初の橋をくぐり、大きく左に曲がってビュア川に入り、残りの2つの橋をくぐり抜けると、ヨット・ステーションです。右側の岸にずらりとボートが繋がれています。マストを上げかけたまま、ようやくスペースを見つけてそこにもやいました。

すぐに自転車に乗ったおじさんがやって来て何か言っています。「マストを上げる間だけ繋がせて下さい。」と言うと去って行きました。でも、せっかくヤーマスの街の中心に近い所まで来たので、航海士はきれいなポリーと食料の買い出しに行きました。またおじさんがやって来ました。「マストを上げる間だけと言ったのに、街の方に誰か歩いて行ったじゃないか。」と言ってます。「ほんの2〜3分だから。」と言うと、「2〜3分だな。」と念を押してまた去って行きました。マストを上げ終わって、航海士達を待っていると、またおじさんがやって来て「ほ〜ら、まだいるじゃないか。後10分!今度いたら係船料をもらうからな。」と言って去りました。他の場所では、昼間は無料、一晩で数ポンドというのが相場なのに、ここは昼間にちょっともやっても12ポンドという料金です。ここにヤーマスのフカが健在してるような気がしちゃいました。

12ポンドは惜しいので、おじさんが戻ってくる前にもやいを解いて岸を離れました。ビュア川を微速で上り、川が曲がる所でUターンしてまた戻り、またUターンして川を上り、そうしながら航海士達が戻ってくるのを待ちます。2往復したところでようやく戻ってきました。急いで岸につけて2人を乗船させてすぐに出発です。ふ〜、ヤーマスのフカから逃れるのは大変でした。

ビュア川で午後の紅茶

またビュア川に戻ってきて、何となく「帰ってきた」という感じがします。グレイト・ヤーマスを離れ、川が大きく左に曲がってまた風向きがよくなったので、帆走に切り替えます。ここからストレイシイ・アームズまで数マイルもの間は、安全に接岸できる所がない区間です。岸の近くが浅くなっている所では、危険を示す杭が川の中に打たれて並んでいます。

途中に「○マイルの家」というのがいくつかあるはずなのですが、よく分かりません。時々、アシ原ごしに車や列車が走っているのが見える以外は、とにかくほとんど何もない荒涼とした所を川は流れています。南部の川ではほとんど見かけなかったオオバンにまたたくさん出会えて嬉しいです。オオバンだけでなく、ビュア川に入ってからは水鳥が増えました。しかも、通りすぎるヨットを追いかけてエサをねだってくるカモや白鳥の一家がいます。南部の川ではなかったことです。

帆走しながら、スコーン・生クリーム・ジャム・紅茶で、船上アフタヌーン・ティーを楽しみました。追いかけてくる鳥にもパンくずのおすそわけです。

ほとんどの区間は追い風ですが、間切る区間は、うまくいったり失敗したりです。AB船員たちが「アシに突っ込んでも絶対にエンジンを使っちゃだめ!」と言うので、その通りにしてみました。でも、風下のアシ原に突っ込んでセールにはらむ風はさらにヨットをアシに押し付けるだけなので、やっぱりエンジンを使っちゃいました。

エイクル橋

ようやくストレイシイ・アームズまで来ました。船着き場にはたくさんスペースがあったけどそのまま通過します。次のストークスビイは、四本モミがエイクルの方がいいと言うのでここもパス。今日はエイクル橋まで行くことにします。橋の手前の船着き場はいっぱいだったので、Uターンしてエンジンで走りながらマストを倒し、またUターンして橋をくぐります。川の両岸にたくさんのボートが繋がれています。マストを倒したまま着けられるスペースがないので、また走りながらマストを上げて、Uターンして戻りながら、場所を探します。何とか1隻分もぐりこめるスペースを見つけ、そこに着けました。

バナナでお腹をこわした情けない見張りの橋はもう壊され、今は新しい橋が架かっているエイクルですが、薄暗くなる頃、橋の上から少し見張りをしてみました。

7月9日(金):エイクル→ポッター・ヘイガム→ホーシイ沼→ヒックリング沼→ポッター・ヘイガム

ポッター・ヘイガムの水先案内人

「起きろ、やろうども!」

まだ5時前なのに、早起きのきれいなポリーのかけ声です。いい風が吹いているので5時半には出発して帆走しながら朝食にしました。早朝で行き交うボートもまだなく、鳥の声と船首が水を切る音だけの静かな世界です。

ビュア川からサーン川に入り、ウォマック水路の入り口の手前で向かい風になるまで帆走を続けました。ここからはエンジンでポッター・ヘイガムに向かいます。川の両岸にずらりと並ぶ家々は、南部の川では見かけない景色でした。橋の手前の公共の船着き場はいっぱいだったので、ヨットのマストを倒したり立てたりする作業専用の船着き場にもやいます。その隣がLady Dancer号を借りたマリーナです。朝8時15分です。ちょうどポッター・ヘイガムでは満潮の時刻で、まだわずかに上げ潮です。橋を見に行くと、水面からの高さを示す目盛が、6フィート5インチを指しています。Lady Dancer号のマストを倒した時の高さは、6フィート7インチなので、潮が引くまでまだ何時間かは橋を通れなさそうです。

ヨットに戻ると対岸の公共の船着き場にスペースが出来ていたので、そちらに移動して、岸を歩いて水先案内人の詰め所に行きました。
  「6フィート7インチのボートなんですが、まだ通れないですよね。何時間くらい待てばいいですか?」
  「船の名前は何ていうの?」
  「Lady Dancer号です。」
  「ヨットだね?」
  「はい。」
  「大丈夫、通れるよ。」
ラッキー!これで随分と時間の節約になります。ヨットに戻ってマストを倒し、橋の際の水先案内人の詰め所の前までエンジンで来ると、そこの岸は2隻のモーターボートがふさいでいます。マストを倒したままUターンも出来ないので、そこにあった掘割に突っ込んで、芝生のベンチの足にもやい綱を結びます。

ポッター・ヘイガム橋をくぐるやって来た水先案内人に後はおまかせです。AB船員がもやいを解きます。水先人はエンジンを後進にかけて堀割から出ようとします。後ろに突き出ているマストが引っかかりそうです。水先人はあわてて岸に降りて、ヨットを押したり引いたりしています。四本モミが「この人、ヘタなんじゃないの?」なんて、失礼なことを言っています。そんなことはありません。相手はプロです。ちゃんと川に出て、橋の手前でねらいを定めて、エンジンを開いてだーっと橋の真中のとても小さく見える穴に突き進んで行きます(写真)。マストを支えていたタバナクルの上部と橋との間の隙間はほんの数cmでしたが、皆、首をすくめて無事に橋をくぐり抜けました。すごい迫力です。きれいなポリーが「あと5回くらいくぐろうよ。」なんて言っています。続いてある新しい橋もくぐり、左側の岸に着けて、四本モミからの尊敬も勝ち得た水先人は降りて行きました。

ちなみに、ポッター・ヘイガムの古い方の橋をくぐるのはとても難しいため、貸ヨット・貸ボートでは、水先案内人を使うことが義務付けられていて、その料金もあらかじめ船を借りるのに含まれています。

狭〜いメドー水路

すぐにマストを上げて出発です。まだ向かい風なのでエンジンでケンダル水路の入り口まで来ました。ここからは帆走できます。ディックが初めて「さお」を使ってティーゼル号を進めようとして、川に落ちてしまった所です。そうだよなあ、さすがのティーゼル号もここでは間切れないよなあ、というくらい狭い水路です。

でも、そのうちにパッと開けて、水鳥も多く、とっても気持ちの良いヘイガム・サウンズに出ました。両側に沼が広がっていますが、杭で通るべき水路が示してあります。それに沿って行くと、ホーシイ沼とヒックリング沼の分岐点に来ました。ティーゼル号でDきょうだいが帆走を覚えるのに練習した右のホーシイへ先に行くことにします。ここからはまた向かい風なのでエンジンに切り替えます。

ホーシイへのメドー水路はとても狭くて、入り口で「えっ、ここに入るの?」という感じです。ここはどんなに上手な人でも間切れないでしょう。前から他のボートが来ると、お互いに川の右側ギリギリに寄って行き交います。1隻のボートは、行き交うときに右側のアシをなぎ倒しながら進んでました。狭いし、次の曲がり角の先が見えないので、本当に探検しているような気分がでて、とてもエキサイティングでいいです。途中からはきれいなポリーが舵を取って、未開のジャングルの川の探検を続けました。

ようやく広々としたホーシイ沼に出ました。2隻のヨットが気持ち良さそうに帆走を楽しんでいます。沼の奥の風車がある所までそのまま機走で行って、堀割の入り口にもやいました。ティーゼル号も訪れた所です。風車の上からホーシイ沼を眺めます。海も見えるだろうと期待したのですが、なぜか見えません。天気が良くて暑い日です。風車を眺めながらアイスクリームを食べました。

母親になったナンシイ

朝食は帆走しながらでしたが、お昼はホーシイ沼の風車の堀割に繋いだままヨットの上で落ち着いて食べました。でも、とてもいい風が吹いている時に広々とした沼の岸辺にいるのですから、早く帆走したくてたまりません。

もやいを解いて、ホーシイ沼を反時計回りに帆走でぐるりと回り、また狭いメドー水路に入りました。帰りはこの水路を帆走で抜けるのです。これを興奮せずにはいられません。マストを木の枝に引っ掛けないように水路の中央に寄ったり、ボートと行き交うために右側ギリギリに寄ったりしながら進みます。アシ原の向こうにセールが見えます。曲がり角を曲ると、まさかと思ったこの狭い水路を間切るヨットの姿がそこにはありました。

凄〜い、凄〜い!感嘆のため息が私やAB船員の口からもれます。しかも、ガフ付きの白いセールに木の船体、美しいアマゾン号のようなディンギーです。しかも、しかも、そのヨットをまるで自分の体の一部のように自由自在に繰っているのは、小さな女の子と犬を連れたおかあさんです。きれいなポリーが「あの人、ナンシイみたいだったのかな。」と言った時に、私も同じことを思っていました。

こちらは左舷開きの追い風、あちらは間切って来るので、こちらがあちらを避けなくてはならないのですが、ごく自然に当たり前のことのように、あちらは反対岸でアシをつかんで止まって、こちらが通り過ぎるのを待ってくれました。うわあ。うっとりです。まぶしいです。

興奮さめやらぬまま狭いメドー水路を抜けて、帆走のまま今度はヒックリング沼へと向かいます。この辺りは本当に変化があってきれいな所で、1〜2泊してゆっくりしたかったなあと思いました。

大きなヒックリング沼に出ました。ここはどこでも行けるホーシイ沼と違って、ブレイドン湖みたいに沼の中央に水路を示す杭が並んでいます。杭に沿って沼の一番奥にあるパブを目指します。そのまま帆走で風下の船着き場には着けられないので、水路の途中で、風上にヨットを向けて漂いながらセールを降ろします。後は、エンジンで掘割の入り口付近に着けました。

不思議なパブ

このヒックリング沼の奥のパブは、12年前にモーターボートを借りて3泊でノーフォークを巡った時にとても印象が良かった所なのですが、今回再訪してみると、何となく寂れた感じがして驚きました。庭の芝生には鳥の落とし物や羽が散乱していてあまりきれいではありません。

パブの中に入ると、壁に大きな魚(カマスでしょうか)の剥製がガラスケースに入って飾られていました。魚の重さは二十数ポンドと書いてあります。ピート達が吊り上げたのは30.5ポンドですから、これよりも大きかったのかと驚きです。

アフタヌーン・ティーを頼むと、スコーンとかが出るのは曜日が決まっているそうで、ティーだけになっちゃいました。AB船員は「ティーを飲むためだけにここに来たの?ティーだったらヨットの上で作って飲めるじゃない。」と憤慨しています。

庭のピクニック・テーブルに座ってティーを飲んでいると、だんだんと鳥が集まってきました。パンをどっさりかかえてやってきたおじさんが鳥にエサをあげ始めたからです。うちのAB船員達にもパンを分けてくれたので、それからはもう大変。マガモやカナダガンやいろんな水鳥が親もヒナもとにかくどんどん集まってきて大騒ぎです。子供達はエサで鳥の注意を引きつけておいてさっと体に触ったり、捕まえようとして突っつかれたりかみつかれたり。ちぎって少しずつあげているパンを丸々1枚盗んで行ったカモを走って追いかけて、追いかけて、とうとう取り戻したり。周りの大人達は抱腹絶倒大笑い。とっても愉快なショーでした。

突然「ウォー」とか「ワー」とかの声。なんと、まだ頭の赤い小さな小さなヒナを連れたオオバン一家の登場です。子供達はさっそくオオバンだけにエサを上げようとします。それを横取ろうとするガンやカモとの戦いです。なかには大きなガンに踏まれてしまうヒナもいてヒヤッとします。オオバンの親は、エサを一度口に入れてからヒナに与えています。そのうちに、どんどん飛んでくるエサをオオバンの親も口に貯めきれなくなったようです。

さて、随分ゆっくりしましたが出発です。狭い堀割の中でUターンして沼にヨットを出そうとしたら、堀割の中でなんと座礁してしまいました。え〜、なんで船を入れるための堀割の中が浅いの?これじゃまるでパブの駐車場に高さ1mの屋根をつけるようなものです。本当に不思議なパブです。ボートフックで岸を押したり全速前進にしてヨットを傾けたりしますが離れません。ボートフックで探ると船尾の方、つまり堀割の奥の方が水深があるようなので、全速後進にすると離れました。

結局、今回もとても印象に残るパブでした。

理想の家族

パブの堀割を出てヒックリング沼に出ました。風がかなりあります。メンスルを上げるために水路のちょっと広いところまでエンジンで行って、風上にヨットを向けます。でも、風が強いせいかヨットが回ってしまい、メンスルに風をはらんでしまって上げにくいし、水路の外にはみ出しそうです。ちょっとあわてましたが、何とかメンスルを上げ、ジブを開いて、帆走に切り替えました。何とか間切らずに水路を行けるような風です。

沼の真中で2隻のディンギーが帆走を楽しんでいます。1隻はガフ・リグ(ガフ付きの一枚帆)、もう1隻はスループ(ガフなしの二枚帆)です。見ていると、どちらも自由自在に沼を飛び回っていて、心底から帆走を楽しんでいるという感じです。さらによく見ると、ガフ・リグの方には犬と女の子とおかあさんが乗っています。さっきホーシイからの狭い水路で間切っていたヨットです!もう1隻には、おとうさんと男の子が乗っています。家族なのでしょう。じっと見ていると、そのうちに、なんと、なんと、その2隻は、水鉄砲で海戦を始めました!!!うわ〜、いいなあ。うっとりするような光景です。これこそ、我が家が夢見ていることです。夢が目の前で起きています。うわ〜。言葉になりません。

とってもいいものを見たなあという幸せな気持ちで、水路を先に進みます。だんだん水路が曲り、間切らなくてはならない風向きになってきました。あまりねばっていたので、右側の杭にぶつかりそうになり、あわてて杭のぎりぎり外側を通ります。転回!水路の反対側でまたすぐに転回!風が強いので、スピードがつきやすいからいつもより難しくないかと思ったら、風の抵抗も大きいので、そのうちにやっぱり失敗しました。

曲れ、曲れ、曲りません。横に流されて水路の外にはみ出します。エンジンをかけて曲ろうとしますが、今日は風の方が強くてまだ曲りません。ジブ・シートを放し、メンシートをゆるめ、風を逃がして曲ろうとしますが、どんどん流されます。もうすっかり水路の外、またまた座礁してしまいました。しかも、まだセールに風をはらみどんどん浅い方に追いやられつつあります。狂ったようにバタバタしているジブを巻き上げます。風をはらんでいるメンスルも何とか降ろさなくてはなりません。こんな時に限ってハリヤードがもつれてしまいました。大急ぎでほどいてAB船員が降りてきたメンスルを取りあえずブームに縛りつけます。

ふ〜、何とかセールは始末しました。後は、エンジンで脱出を試みます。全速前進、だめです。舵をぐりぐり動かしたり、ヨットをヒールさせたり、いつものいろんな手を尽くします。全速後進、少し動き出しました。頑張れ!頑張れ!ヨットは船尾を振りながら少しずつ動き、最後は全速前進で何とか脱出できました。今までで一番緊張した座礁でした。

ヒーブツー

座礁から抜け出した後はずっとエンジンで進みます。ヒックリング沼を抜けて、ヘイガム・サウンズに入ると、ここを間切りながら進んでいるヨットがいました。こちらは機走なので、帆走しているヨットを避けなくてはなりません。間切っているヨットに近づきました。さて、どちら側を通り抜けようかなと思いながらそのヨットをじっと見ていると、水路の中央で、セールをバタバタさせたかと思うとそのヨットは止まりました。あれっ、座礁でもしたのかな、何で動いていないんだろう、どうしたのかな、困っているのかなと、最初は思いました。ところがどっこい、そのヨットは、こちらを安全に通過させるために、ヒーブツーしてくれているのでした。う〜む、すごい。恐れ入りました。

ヒーブツーというのは、『海へ出るつもりじゃなかった』で、水先案内人を乗せるためにジョンがしなくてはならなかったことですが、ジョンもやり方を知りませんでした。その後、またイギリスに戻ってきた時に、おとうさんがターバン頭のジムを鬼号に乗船させるために使った技です。普通に風上に向かう状態から、風上側のジブシート(鬼号の場合はジブではなくてステイスルでしたが)を引いて裏帆にすることで、メンスルで進もうとする力とジブが押し戻そうとする力を釣り合わせて、その場に止まることができるのです。一度試してみたいと思っていますが、まだ私はやったことがありません。

ケンダル水路を抜けて、サーン川に出たところで、風がまた帆走できるような向きになりましたが、最後の座礁ですっかり怖気づいたので、そのままエンジンを使って進みます。ポッター・ヘイガムの橋をくぐるための水先案内人は夕方5時半までです。今日のうちに橋を抜けておくために急ぎます。走りながらマストを倒し始め、橋の手前で接岸してマストを倒し終えて、新しい方の橋を自力でくぐった後、パイロット専用の所に接岸すると、往きと同じ水先案内人が乗りこんで来ました。
  「今日は楽しんだかい?」
  「ええ、いい風が吹いていたので。」
あはは、間切れなかったとか座礁したことは棚にあげて、なんて強がりでしょう。
  「ヒックリングやホーシイの辺りが、湖沼地方で一番美しい所だと思うなあ。」
これには心から賛成です。私もあちこち行って、そう思いました。

最初にLady Dancer号がもやってあったマリーナの川岸に着けて、1週間の航海がとうとう終わってしまいました。

7月10日(土):ポッター・ヘイガム

アホ〜イ!

朝から快晴でいい天気です。夜露がびっしょり降りていました。朝食後、船内・コックピット・デッキの大掃除です。

今日は朝9時までにヨットを返して、グレイト・ヤーマスまでレンタカーを受け取りに行き、またマリーナに戻って荷物と家族を乗せてロンドンの反対側まで行く予定です。ヤーマス行きのバスが8時7分発、マリーナが開くのも8時なので、航海士にヨットの返却手続きをまかせて、私はレンタカーを取りに行く役です。

朝8時、荷物を全て船から降ろし終わって、私がバス停に向かって歩いていると、「アホ〜イ」の声が聞こえました。ん?キョロキョロすると声の主らしき人がいました。
 「COOTさんですか?」
 「あっ、えっ、LMSさんですか?」
旅行に出発する前に、パソコン通信を通して出来たらお会いしたいですねという話しをしていたランサマイト仲間のLMSさんです。ここに、ポッター・ヘイガムでの「もう、しりあった」が実現しました!
 「すみません!後5分でバスに乗るので、バス停で話しましょう。」
史上最短のオフになってしまうのでしょうか?

LMSさんがイギリスに到着した晩に、ウルトンから電話で話した時には、今回は日程的に会うのは難しそうだったのですが、LMSさんは何とか都合をつけて来てくださいました。ギリギリでお会いできて本当に良かったです。せっかくなので、航海士の案内でヨットの中だけでも見ていただくことにします。私は少し遅れているバスを一人待ちながら、ふといいアイデアが浮かびました。私もバス停を離れ、ヨットの方に向かって歩き出します。その後ろを通り過ぎるバスを見て航海士がビックリしています。

まだヨットを返さなくてはならない9時までに1時間あります。帆走は無理ですが、機走なら最後の航海にLMSさんにも乗っていただいて出かける時間はあります。その後で、LMSさんのレンタカーでヤーマスまで送っていただくようにお願いしました。

思いがけずまた船を出せるのでAB船員も大喜び。降ろした荷物の番に航海士は残り、4人で出発です。サーン川を下りながら、LMSさんも舵を取りました。すぐにコツを覚えて素晴らしい舵さばきでした。そろそろ時間です。まだ川の両側にポッター・ヘイガムの家並みが続くところで、また舵を替わってUターンします。おっと、ちょっと曲りきれそうにありません。ギアを後進にします。あれれ、船尾がますますUターンしにくくなる逆の方向に振れてしまいました。内心は冷や汗でしたが、LMSさんの手前、平静を装いながらまたギアを前進にして、何とかUターンできました。

これ、後でよく考えてみて、ひとつの発見(?)をしました。水の上では原則として右側通行です。Uターンをしようとすると、普通はそのまま川の右側の岸に近いところから左に曲って川の反対側の岸に近い方に行って、そのままその岸に近い方を戻って行けば自然と右側通行となります。川が十分広ければそれでいいのですが、川が狭い時に、一度で曲りきれずに反対側の岸にぶつかりそうになって、後進しなくてはならなくなった場合が問題です。スクリューが一つだけ付いているボートのほとんどは、後進する時に船尾が左舷側に振れる癖があります。(理由はかなり面倒なので省略します。)そのため、左回りのUターンの途中で後進すると、Uターンをますますしにくくなる方向に船の向きが変わってしまうのです。一度で曲れるかどうか自信がない場所でUターンする場合は、いったん川の左側の岸に寄って、右回りでUターンする方が安全だということになります。わーい、またひとつ経験から学びました。LMSさんのおかげです。

マリーナに戻り、本当に最後の航海が終わってしまいました。航海士によると、私達が出発した後にマリーナの人が来て、もう荷物を降ろし終わっただろうからと返却手続きのチェックに来たらヨットの姿がないのでビックリしていたそうです。返却時にいろいろとチェックされるのかと思ったら、船内を調べることもなく「どこかにぶつけたり船と衝突したりしなかったか?」「他の船を沈めなかったか?」(冗談でしょうが)なんて質問があったくらいでした。

その後、LMSさんにヤーマスまで送っていただきとっても助かりました。ありがとうございました。LMSさんには、ポッター・ヘイガムの電動ボートをぜひぜひ借りられることをお薦めしたのでした。

(おしまい)


COOTのもうひとつのホームページ『旅作りのヒント【こだわりの旅】』(土人向け)に、次の聖地巡礼関連のページがあります。


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