旅作りのヒント【こだわりの旅】

イスラエル「聖書の地」巡り

Last update 1998/12/05


「歴史読本ワールド特別増刊/'87-1号」という本の「聖書の謎」という特集をたまたま読みました。口絵の写真がきれいで、それぞれに「モーゼが〇〇した所」とか「イエス・キリストが〇〇した所」なんて書いてありました。200ページ以上に渡る本の中の読み物も何かドキドキしながら一気に読んでしまいました。

なぜそんなにドキドキしたかというと、こんな風に思ったのです。「そうか、聖書というのは一つの”歴史を記した書物”なのか、歴史書というからには基本的に昔起こった事実を記してあるはずだけど、あまりに昔のことだし到底信じられないことも書いてある。どこまでが本当にあった事でどこまでがそうでないのか分からないというのは、何だかロマンがあってワクワクするぞ」と。

そこで初めて聖書を読んでみました。宗教書じゃなくて歴史書と思いながら読んだのです。「これは、書いてある通りのことが起きたとは思えないけど実際は何が起きたのだろう」と想像を巡らしながら読むと結構面白いものです。

次は聖書に書いてある場所を実際に見に行くことにしました。当時1987年3月は治安も良くてゴラン高原やヨルダン川西岸地区も含めてたいていの所に不安無く行けました。(まだ2歳の娘も一緒でした。)聖書に出てくる場所や人物に関わる所を一つ一つ訪れながら今までの観光の旅とは全く違う旅行が出来ました。というのは、

イスラエルはこの歴史の深さが旅に奥行きを与えてくれる所です。

逆に、イスラエルを旅行するのにある程度聖書時代の歴史を勉強して行かないと、何がなんだか分からない旅になると思います。(勉強と言っても私はこの歴史読本と聖書を読んだだけですが。)

そうでないと、例えば「アブラハムの墓」という所に来ても、「石造りの教会のようだ」で終わってしまうわけです。アブラハムというのはキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒の共通の最も大切にされている祖先で、その墓というのはもともとアブラハムが妻サラの墓を作るために買い取った(旧約聖書創世記23 章)・・・と一つ一つの場所に歴史や伝説があるのです。途方もなく昔の話が急に目の前の現実と結び付けられて突きつけられた時、「さて、どこまで本当なのだろう」との問いに、見る人がそれぞれに想像するわけです。「石造りの教会のような建物」に入った後は、知らないうちに「心の中の旅」をしているのです。

(ちなみに私は昔も今もキリスト教その他の教徒ではありません。また歴史読本の出版社とは何の関係もありません。)

それでは聖書の世界への旅立ちです

どれからご覧になりますか?

関連ページへのリンク


[ トップ・ページへ戻る ]